2015年09月07日

ご挨拶:ガット弦で弾くJ.S.バッハとコダーイ

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コンサートで私が色々な作品やアイデアをお聴かせする様子が楽しい、とお客様がおっしゃってくださるのは、とても嬉しく有難いことです。それは、作曲家が残したものを大改造したり、奇抜なアイデアを提示する、という意味ではないと理解しています。作曲家、作品、音を、その時々の私がどう感じ、考え、弾いているか、楽しんでいるか、というところが伝わっていて、そして一緒に楽しんでくださっているのだと思います。

技巧的なソロ曲が得意なわけでもなく、なんでもいつでも弾けるわけでもない私が、ソロリサイタルや自主企画コンサートを続けるのは、こんな理由がひとつ。そして次の理由もまたひとつ、です。

音楽だけではなく、芸術全般、あらゆることに同じだと思いますが、人から教わったことが自分の体内に入り、頭で考え色々試した後に「自分のもの(言葉)」になったとき、やっと「自由」になります。
本来、物の存在は自由であるのだけれども、その姿を私自身の中で取り戻すために、何年もかかって楽器と向き合っています。
少しづつしがらみを取り除いていき、音そのものの存在となるのはいつだろう・・・

ピリオド奏法を学び始め、さらにバロックチェロで弾くようになって、J.S.バッハの無伴奏が書かれた頃のチェロはどんな存在だったのか、やっと目が開いてきたように感じます。「イタリア!イタリア!」コンサートで1600年代から1720、30年頃(ちょうどバッハが無伴奏チェロ組曲を書いた頃)の音楽を弾いて、いかにバッハが構築性のある新しい試みをしたか改めて気付きました。練習曲を除けば19世紀後半にもチェロの無伴奏作品は書かれていますが、やはりこの分野が豊かになってくるのは20世紀に入ってからです。

18、19世紀のチェロ演奏技術と楽器や弓の変遷は著しいものです。
バッハの時代にはハイポジションで弾くことはなかったし、親指のポジションはもってのほか。弓の形の変化に伴うボーイングの種類も相当変わりました。もちろん、技巧的な曲は昔からありました。一度にたくさんの音を弾く重音奏法や、速く弾くこと、ヴァイオリンのように弾くことを目指すような。

バッハは伝統的な前奏曲と舞曲のセットという様式を使い、それぞれの組曲が明確に違うアイデアで書いています。4つの弦しかなく、小回りの利かない大きさであるし、旋律に和声をつけようにも全て音を取ることは不可能。音形のなかに隠れた音や書かれていない音を探し出すことは謎解きのようです。彼は、単に演奏技術の向上という面でなく、音楽の内容の要求にどれだけチェロが答えられるかというところに面白さを見出したように思います。

楽器の調整も時代によって変化します。どの時代に焦点を当てるかで、音楽の作り方も技術も変わってきてしまいます。
今回、バロックチェロを色々と調整し、だいぶ、楽器から教わることができるようになりました。

そして、20世紀初め。コダーイはチェロも弾きましたから、この楽器で限界ギリギリのことをやってみよう、と思ったはずです。左手も右手も、あらゆる奏法を駆使して、まるで何人かで弾いている室内楽のように音の広がりがあります。

ハンガリーに留学を決めた理由の一つが、ハンガリーの民族音楽に触れ、コダーイの無伴奏ソナタを身体でわかるようになりたい、ということでした。この曲を単に民族色のある超絶技巧作品だとは思えなかった、もっと深いところで音楽を理解したかったのです。レッスンでコダーイの何かの作品を持って行った時に、メズー先生は「バルトークは世界中の人が理解しやすいが、コダーイは、ハンガリーに住み、ハンガリー語を学び、空気に触れないと解らない」と仰いました。バルトークは民謡収集の範囲を、国内だけでなく隣国周辺国、トルコやアルジェリアまで拡げました。彼は頭脳明晰で、その活動は外国の人にも明解にアピールしています。コダーイはもう少し素朴で、音楽の世界が一人一人の心の内側に広がっていくところがあるように思います。彼は音楽院だけでなく、大学で言語や文学も学びました。言葉と密接な民謡が音楽と結びついたとも言えるでしょう。
でも、私はバルトークの音楽にあるリズムも喋り方も音色も、やはりハンガリー語を知らなければ理解できないと思います。彼らの次の世代のリゲティの音楽の中にも、民俗音楽や民謡の歌い回しを、血の熱さや人の温度や匂いを感じます。
先生のおっしゃる意味は無伴奏曲で特にそう思います。
一人で弾く無伴奏作品の緩徐楽章を弾いていると、心のひだどころか、内臓の裏側まで見せているように感じます。「私はハンガリーの血が流れた人間なのだ」と、愛に溢れた、熱く、解放されてまっすぐで素直な声が、心の底から吐き出しているかのように感じます。それは民族至上主義ではありません。土から生まれた、血の中に音やリズムを持つ、音楽を愛する人々の持つ誇りのようなもの。なにか温かく懐かしい記憶のようなもの。育った境遇がどうであっても。

2015年10月12日(月・祝)18時開演
ガット弦で弾く、J.S.バッハとコダーイ

@同仁キリスト教会

J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲 第2番 ニ短調、第3番 ハ長調
コダーイ:無伴奏チェロソナタ 作品8

お申込・お問合せ:アレグロミュージック電話 03-5216-7131(平日 10:00〜18:00)
チラシはこちら20151012チラシ表.pdf20151012チラシ裏.pdf

💡gut feeling!
〜よし、これでいこう!

バロック時代の大天才J.S.バッハをその頃のスタイルのチェロで、
20世紀初めのハンガリーのコダーイを現代のスタイルのチェロで、
両方の楽器にガット(羊の腸)弦を張って演奏します。
音楽という言葉の抑揚や陰影、音色の豊かさを無限に表現できるガット弦。
木の楽器がもっと生きたものになり、
人間が弾く意味がもっと深くなる…
近現代の、楽器と演奏技術の「発展」と「進歩」に貢献したエンドピンとスチール弦。
硬く、重い金属を取ってみたら、ずいぶん身体が楽になりました。
コダーイをガット弦で弾くのは今回が初めてになります。
時を遡るのではなく、それぞれの作品が今、新しく生まれる。
「腑(gut)に落ちる」音楽でありたいと思います。

よろしければ、ぜひお越しください。
会場でお会いできますのを楽しみにしております。
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