2016年11月08日

リラックスしたシューベルト

Arpeggione Sonata by Schubert
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スチール弦を張ってこの曲を弾いていた時、苦労がなかなか実らない曲だった(笑)ので、しばらく遠ざかっていた。正直、練習していると音色に飽きてしまうし、大きな現代ピアノの響きに飲まれないように立派な音を出すのに疲れてしまっていた。
今月23日のコンサートでは、ガット弦にしてから初めてのアルペッジョーネを弾く。エンドピンも外して弾く。今、シューベルトの自筆譜(ファクシミリ版が出版されている)を見ながら弾いていると、たくさんの可能性を見逃していたなぁ、と思う。
たぶん、ブラームスでも同じこと。1月に久しぶりに弾くのが楽しみだ。

シューベルトがこのソナタを書いたのは、1823年ごろ同じウィーンでアルペッジョーネが製作された直後だった。この楽器は6弦を持ち、ギターと同じ調弦(低い方からE-A-d-g-h-e1)、ギターやヴィオラ・ダ・ガンバのようにフレットがあり、チェロより小さめで膝の間に挟んで弾く。胴体のくびれはヴァイオリン属のようではなく、ギターのようにひょうたん型の曲線。弓ギター、ギター・チェロなどの呼び名もある。
10年ほどで廃れてしまったが、現在復元されたものを演奏している人もいる。この楽器を見て、音を聴くと、チェロが大きな音で朗々と歌う曲ではないことは明白だ。
Bylsmaの風通しのいい軽やかなチェロピッコロと、Immerseelの滑らかなバスライン(バスを歩みを誘ってくれる!)を持ち味わいのあるフォルテピアノによる軽やかな演奏!力の抜けた、普段の語りが聞こえてくるような、そしてシューベルトの生きていた時の香りがするような。こんな3拍子の取り方があったのか!時の流れが止まったり、スイスイと動いたり。インマゼール氏の演奏は、ただ下降するバスや連打、カデンツァで、リズムの取り方で、ああシューベルトだ、と感じる。生演奏を聴いたとき、有名な連弾のファンタジーのテーマで涙した。一音の後ろにとてつもなく大きな世界がある。聴いた後の後味がいい。懐かしい雰囲気、残り香のようなものがずっと残るのだ。このデュオ、生で聴けたらなぁ!

シューベルトの、メランコリックで心の痛み苦しみから生まれた作品は、己と向き合う音楽。表舞台とは別に居場所があるかもしれない。
こういうことをやっていると、何が正しいなんて考えなくていい。先生に教えられた音は自分の身体から出る音だろうか?
弾いている私を癒してくれる音は、聴く人をも幸せにしないだろうか。私がその音楽に共振しているときに、感動があり、おのずと私がそこにある。うまく弾こう、とか考えずに、人と比較したり争ったりせずに、素晴らしい芸術を味わえるなんて、平和だ。
現実の世界はなかなか戦争がなくならなくて、平和を作ることはとても難しいけれど、楽器を持って音楽をすれば平和を作ることは簡単だ!

L'archibudelliの演奏するシューベルトのEs-Durの弦楽四重奏を久しぶりに聴き、視野が広がるような、頭の中が晴れるような気持ち。認められようと気後れし、一方で頑なで、藁をも掴む思いで弾いていた頃は、全く平和な音楽をしていなかったのだと、聴こえなかったものが聴こえた。自分の人生に投げやりな気持ちだと、弓を弦に当てるのも愛がなく雑になってしまうのだ。
もっと早く気がついていればなぁ・・・!
力の抜けた音楽が、リラックスしたシューベルトが弾きたかったんだ。
posted by makkida at 17:14| あんなこと こんなこと | 更新情報をチェックする
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