2017年08月04日

続・宇宙から来たんだ

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人は生まれながらにして平等。
それぞれの人がそれぞれの才能を持って生まれてくる。

イエス・キリストも生まれた時にはみんなと同じ子どもだった。人間として生まれてきた、という意味で、イエス。だから、特別の才能を認めない、つまり「平等」でなければならない、というのであれば否。
特別の賜物を持って地球上にやってきたから、羊飼いたちも、遠くの学者たちも気がついたんじゃないか。権力者たちが恐れたのではないか。
モーツァルトがみんなと同じ子ども?特別の賜物を持って18世紀半ばに地球に現れ、愛のあふれる音楽を振り撒いて、時代を超えて多くの人に愛を与えている音楽家が?
目に見えない賜物を生かし、育て、学ぶことで目に見えるものになり、多くの人々を幸せにする。始めに無だったのではなく、それらはもともと「あった」のだ。宇宙から来た。
だから、全身で望み、全身で祈れば、「宇宙のすべてが協力して、それを実現するために助けてくれる」のだろう。

人間は科学の発達によって「神の領域に近づいた」という言葉を聞く。
なんでもできるのが神様、と考えているのだろう。科学の進歩によって自然現象をコントロールし、人の考えていることを読み取ることができる技術を開発して「人間の幸せ」に貢献する、と。

信仰を持つ人でも、目に見えるものにしなければ理解しようとしない人もいる。目に見えないと信じられないし、目に見えても見ることができない。聞こえないものを聴かないし、聞こえるものも聴くことができない。

宗教も音楽も「魂」のレベルにあるものだと思う。
音楽は、あらゆる土地の人間が根源的に持っている「大いなる力」や宗教と無関係でいられないし、取り除くこともできない。
神事に音楽はつきものなのは、言葉を通らなくても音そのもので魂に達することができる、と太古の人々は感じて確信していたからだろう。音が奏でられることで宇宙とつながる。そして、そのような「音」を出すことができる特別な人間がいることも。
だから音楽は魂の癒しなのだ。


posted by makkida at 14:42| あんなこと こんなこと | 更新情報をチェックする
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