2017年11月10日

静寂を聴く

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2017 is the 80th anniversary year of Mr.Valentin Silvestrov!
今年はマルティン・ルター、モンテヴェルディ、コダーイなどの記念の年。そしてウクライナ出身の作曲家・ピアニストのヴァレンティン・シルヴェストロフ氏(1937〜)も9月に80歳になられたそう。昨日行われた記念のコンサートでピアノを弾いてくれた。彼の作品はとても静かに歌う、つぶやきにも歌の節があるような、一つの音をとても大事にするP、PP、PPPが多い。
シルヴェストロフのピアノ曲やピアノを含むアンサンブルの演奏を受け持ったアレクセイ・リュビモフ氏が素晴らしかった!430席くらいの小ホールでフルコンサートの大きなサイズのピアノが鳴りすぎるのを避けたのか、楽譜に指示があるのか、ほとんどピアノの蓋を最小に開けるか全部閉めた状態で演奏した。たぶん(もっと響かない楽器で弾いたら)多彩な音が鳴っていたのだろうと思う。
一つの音が発生して小さなところから微かに膨らみ、それはまるで風の動きのようで、流れが止まることがない。言葉を話しながら音を弾いているような。暗い部屋で窓から陽の光が薄っすら差し込み、ときたまカーテンが風でそよぐ・・・遠い過去がふっとよぎったり、内面の世界がふわーっと広がっていく、ジョナス・メカスの映像が思い浮かんだ。
音楽が始まれば、身体や周りの空気が自然にスイングするから、リズムをその瞬間瞬間で作る必要がない(そんな短く部分的なリズムの取り方はいいリズム感ではないと思うけど)。人間の心臓が鼓動し、常に呼吸しているのと同じ。チェロやヴァイオリンとのデュオでも、和声や音の横の動きを感じて委ねていれば、自然と音の居場所や音程や音色を探し、調和させることができる、そんなアンサンブルができるピアニストだ。こういうデュオができたら、幸せな音楽の時間だろうと思う!
聴いているとだんだん温かくなる。そして、その人らしさはその中でじわーっと出てくるものだ。
現代に行われる芸術表現としての音楽、言葉、絵、彫刻などは、現実の形(存在)や手段よりも、心に入ってから静かにイメージが膨らんでいく、その過程を味わう、それが非現実の時空間となる、そんな場を作り出すためにあったらいいのではないかと感じた。
最後に作曲家本人が弾いたピアノのソロ。風によって弦に触れて鳴るようなP、PP、PPP・・・こんな音がコンサートグランドから紡ぎ出せるのか!自らの内から出てくる弱音は別格。いいなあ、作曲家は。

プログラムにシルヴェストロフへのインタビューが書かれていたが、印象的なのは「言葉と音楽」、シェフチェンコの詩、そして「静寂の力」を大事にしていること。
「1930年代のペテルブルクの詩人のグループのある一人の言葉なのですが、『言葉の貧しさをもっと尊べ』と。それはどういう意味かというと、言葉が豊かだと、それは嘘を招きやすくなるということ。
もうひとつ。音楽の可能性が豊かになりすぎると、人々は言葉を失ってしまう、ということ。
今の時代は大音量をすでに必要としていないのです。世界中を見てください。大きな音で溢れかえっています。今私たちに必要なのは、静寂の力なのです。」
posted by makkida at 10:25| あんなこと こんなこと | 更新情報をチェックする
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