2018年01月03日

原因?

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2018年元旦の夕日
ネットで検索でき、メールの返信、SNSの反応など、すぐに答えを求められる(答えることが可能になる)傾向にあると、「こうなった原因」の答えが見つかるような気になります。「どうしてこの人はこうなのか」「こういう行動をするのか」「こうやって弾くのか」「こんな姿勢なのか」・・・挙げ句の果てに「あんなことしたのはこういう性格だからだ」と。

私自身を見てみると。
腰が痛む、耳鳴りがする、怒りが現れる、劣等感に襲われる、後悔する、失敗を思い出す・・・完全に都合の悪いことを制御することはできたら、いつもポジティブに、いい人でいられるだろうか。
こうなった理由は何層にも渡っていて、知られたくないこともあり、今はこうしかできない状況もあり、解析不可能だと思うのです。答えは一つではないとよく言うように、本当にそうだと思うのです。
私自身の体についてもわからない、どうなっているのか、なんと訴えているか本当のところわからない。訴えている言葉が真実ではないことも。自分に都合の良いように解釈するときもあります。
リラックスしているときは楽に楽器が構えられて、いい音がする。では、毎日、毎時、毎分、そのままでいられるかといえば、そうではありません。相手が生きたものであれば、すべてのものがそしてすこしずつ変化するのだから。
温度や環境や月日など、耳鳴りの原因がはっきりわかるわけがない。先生も医者も理解には限りがあります。特別な霊的な力で「わかる」人もいるでしょう。大昔、人類はみんなそのような力を持っていたかもしれない・・・。
今現在、この環境でできることをしなければなりません。だから自分自身で観察する。できることを自分でする。人の助けを借りる。
人と一緒に過ごすとき、それが仕事であろうとも、理想や持っている受容力や知識、コミュニケーションの方法が違っても対話ができればと思います。発信力は人それぞれで、想いの大きさは発言の多さとは別だから、「待つ」「聴く」「言わない」ことも対話の一部なのでしょう。その対話や交流が、いつもプラスの前進になるわけではなく、駄目な部分が露呈し疲労することもあるでしょう。表面に見えていることと、本質の部分で全く違うことだってあります(世の中で起こっていることはたいてい!)。それでも人は批評し、判断されます。もう、しょうがない。
芸術家は知識が多く正しくあればいいパフォーマンスになるのでもなく、確かではない、はっきり分からないことを抱えたまま、深層部で自分なりの答えをその時々に見つけていくのではないかと感じています。
新しい年を始めるにあたって。

posted by makkida at 23:54| 楽器演奏と身体 | 更新情報をチェックする
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