2018年09月16日

クルターク氏のレッスン

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Prof. Mező, Mr.& Mrs. Kurtág photo by Shinichi Kida

ハンガリーのメズー先生にお願いして、クルターク・ジョルジュ氏のレッスンを受けることができました。
メズー先生が1957年にパリで第1回カザルスコンクールを受けた時のピアノ伴奏者だったというクルターク氏。1956年の革命で多くのハンガリー人が国外に出ましたが、彼も同じようにパリへ移住していたそうです。1926年生まれのクルターク氏、第二次大戦の独裁政権下、戦後の長い社会主義体制の恐怖政治を経て、壁が崩壊し西側資本が入りEUとなり、変化著しいハンガリーの歴史とともに生涯があります。

ブダペスト・ミュージック・センター(BMC)の中の一室を訪ね、ドアを開けるとソファに座ったクルターク氏が。写真と同じ姿でそこに!マルタMárta夫人も出て来られました。
「サイン、遊び、メッセージ」から数曲を演奏しました。
どんなに小さな音も弓と弦のコンタクトが常に大事であること。間髪置かずに爆発するff、fff、ffff。全ては体の中から出て来るエネルギーであること。
様々な明確な性格を持った1つ1つの音、正確なリズム。音が少なく短い作品を理解するときに、これ以外の重要な要素はないくらい、全ての音が身体に入っていなければ演奏できないということを痛感しました。頭での理解は本当に理解できていない、ということも。やっているつもりで出来ていないのは、理解できていないのと同じだと思いました。演奏者の感情や事情は一切必要ない、ただ音に集中するのみ、です。
考え方、生き方の姿勢が音に全て現れ、見透かされてしまうのでした。厳しい指摘はもっともなことばかりですが、問題点を見抜き、的確に教えられるのは優れた先生であり音楽家だからです。90過ぎても尚衰えない、むしろ研ぎ澄まされていく聴覚(多分、耳だけでない感覚も)と生活の中の身近な(子どものような)感覚、瞬発性のある内なる強くしなやかなエネルギーを見ることができました。これが彼の音楽の世界だと思います。
マルタ夫人はジョルジュ氏の隣に座っていましたが、夫妻は何も言わなくても同じように音楽(少なくとも夫の作品)を理解し感じているようでした。だから二人の連弾は、体内の深いところで一致し、澄んだ音の世界になるのでしょう。

隣合うキッチンに用意されていた夕食は、大きなシュニッツェルとフレンチフライ(ポテト)。
92(3)歳でこんなにしっかりした食事なのかと、エネルギーの源の一端を覗いたようでした。

BMCの建物を出たところで、メズー先生の次男でヴァイオリニストのペーテルにばったり会いました。ブダペストで人気のペーテルは、クルターク氏にも昔から愛されています。彼は今、クルターク氏のオペラ(92歳にして初めての作品!!!!!)のオーケストラのコンサートマスターをしています。リハーサルは刺激的だろうと想像できます。興奮気味に、彼の音の色彩は素晴らしい、と言っていました。
同じ街に住んで身近にいる偉大な音楽家との交流、それも音楽を創っていく現場での触れ合いは、若い音楽家を叱咤激励し技術を高め、引き出しを増やし、人間を成長させてくれます。羨ましい環境ですが、1日だけでも、クルターク氏の前で演奏できて、教えを受け、そのあと交流のある若手音楽家に話ができる機会を得られたことに、この恵まれた出会いに感謝です。
もっと音楽に集中せよ!
まず練習するのみですが、今後はガット弦で現代作品を演奏することは考え直さなければならないとも思います。どんな道を進むのか、何をやりたいのか明確に示せるかどうかは、人との間でしか見えて来ないのだと改めて気づかされました。
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posted by makkida at 23:55| 2018年ヨーロッパ旅 Europe2018 | 更新情報をチェックする
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