2018年10月02日

2つのピエタ

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ミケランジェロ晩年の作、ロンダニーニのピエタ(Pietà Rondanini)。
若い頃の圧倒的に完璧な姿に仕上げられたピエタと比べると、未完と言われるこちらの作品は、イエスの脚以外は削っている途中のようです。イエスの右腕が体から離れてもう一本ありますが、別の姿勢を試してみてやめたのか。マリアもイエスも顔がはっきりしませんが、これは途中というより、だいぶ小さくなってしまっています。ある角度からしか表情を掴むことはできません。全体のバランスを整えて美しく仕上げることをやめて、色々試してみた結果、もうこれ以上掘れなくなってしまったように見えました。
マリアは台か何かに乗っているのか、イエスの位置より少し上にいるようです。イエスが母をおぶっているようにも見えますが、母がしっかりと抱きかかえています。背後から、つまりマリアの少し覆いかぶさったような丸い背中から見ると、イエスの姿は見えなくなります。私には、イエスはマリアのお腹の中にいた、母と子の原点に戻ったように感じました。子の亡骸を自ら抱く・・・そこに言葉も表情も要らないのです。

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ケーテ・コルヴィッツ(1867ー1945)のピエタ「亡き息子を抱える母」、ベルリンのノイエ・ヴァッへ(Neue Wache, Berlin)にあるもの。1937から38、39年に作られたオリジナルを大きくしたもの。
この母と子の姿は、言葉も必要なく、直接訴えてきます。息子の頭を抱える母の大きくゴツゴツした手。大きな母の背中。力を無くした子の脚・・・。我が身から出てきた子を先に亡くした母の姿は悲しみの塊のようです。ケーテの息子ペーターは第一次大戦に出征し戦死しました。貧しい労働者階級の人々を作品の題材にしてきた彼女が、非人道的なナチスの独裁政権が猛威を振るう狂気の時代の只中、我が子を戦争で亡くすという肉体と精神の大きな痛みが、まっすぐに形となって表れたように感じます。

立て続けに襲う地震や台風などの自然災害、それに伴う様々な、人間が作ってきた社会の中で起こる事故。醜い戦争。
どの時代でも、どんな人間でも原点にあるのは生命の始まりの記憶です。忘れられないはず・・・!
posted by makkida at 11:48| 2018年ヨーロッパ旅 Europe2018 | 更新情報をチェックする
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