2018年10月07日

響きについて

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今回イタリアのガルダ湖畔のデセンツァーノ・デル・ガルダで行われた夏のマスターコースで、ヴィオラ・ダ・ガンバ のヴィットリオ・ギエルミ氏のクラスを聴講してきました。16世紀の初期のヴァイオリン製作者ガスパロ・ダ・サロは、このガルダ湖畔にある街で生まれました。そのこともこの講習会の開催される1つの理由だそう。
ガンバ のクラスは今回が初めてで、惜しいことに受講生は2人だけ。彼らは4日間毎日一時間半ずつみっちり濃いレッスンをヴィットリオから受けられるのだから、素晴らしい体験だったでしょう。ヴィットリオの音だけでなく、音楽や楽器に対する姿勢を、いつも回転している彼の頭の中(とっても賢くて、想像力豊か。そしてユーモアもある)・・・その思考回路を見るように、様々な話を目の前で話してくれるなんて、聴いているだけの私からすると本当に贅沢な時間!
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Mr. Vittorio Ghielmi, Viola da Gamba photo by Shinichi Kida
改めて感じたのは、調弦の音のなんと美しいこと。
5月の東京でのコンサートでも、初めに印象づけられたのがこの調弦の音でした。
そして、楽器の共鳴。ヴィオラ・ダ・ガンバ という楽器はこんなに響くものだと。楽器の中で響き合い、深く、澄んだ音色が長く残ることに本当に驚きました。想像していた響きがここにある、と霧が晴れる思いがしました。コンサートで彼は、楽器の中の響き合いと、ホールの残響をうまく使って音楽に集中していたのが素晴らしかった。それを翌日のマスタークラスでヴィットリオに話したら、「そう。今日はこのことを話そうと思っているんだ」と嬉しそうでした。

さて、今回のレッスンでも面白い話がたくさんあったので、写真を見ながら思い出して少しずつ書いておこうと思います。

本題ではないですが、響き、という点で、まず部屋のこと。
講習会の会場となった小さな音楽学校の部屋は、吸音板(というかマットのようなもの)が壁にあったりして、響きのある場所ではありませんでした。せっかく石造りの古い建物のあるイタリアなのになあ・・・と残念ではありますが、どこも資金繰りが大変ななか開催しているだけでも有難い。ヴィットリオは「デッドな(響きのない)部屋だ」と言ってましたが、日本での楽器を弾く人が日頃弾いている部屋に比べたら、同じ「デッド」でもまだマシ。
今回訪ねたアムステルダムのピアニストの家の音楽室でも、吸音を多くして、隣人の苦情対策をしていました。「デッドだ」と言う彼女も、そうか、イタリア人だった。日本の防音室の耳が詰まる状態に比べたら、まだ弾きやすい部屋。
楽器を手にした時から、音が畳や絨毯などで吸われ全く響かない部屋でずっと練習を続けている人が、響きを使って音楽をする発想を持てるでしょうか。音が空間に広がったり、音と音が溶け合ったり、ぶつかったり、揺れたりするのが楽に聴こえるでしょうか。倍音が自然に聴こえるでしょうか。
響くということを知らなければ想像することも本当に難しいと思います。
音符の音が正しく出て、並べられ、粒立って、テンポどおりに演奏することに集中せざるを得ないのも分かります。「合っているかどうか」そんな答え合わせが音楽ではない、と頭で理解していても、なんとなく知らぬ間に(そうなんだろうか)「合っているか、間違っているか」の耳で聴いたり、自分を判断し余裕がなくなって来る・・・。
かなり意識して弾いたり教えたりしなければ、と思いました。

ヴィットリオが、響きとは何かの話を膨らませてくれました。
音にはたくさんの倍音がある、倍音がたくさんあるから響くのであり、それは宇宙のシステムだ、と。宇宙に存在し、聴こえる音。それが、ガンバ の楽器の中にある。
ヴィオラ・ダ・ガンバ は、ヴァイオリン属とは違い裏板は膨らんでおらず平らで楽器のフォルムが違い、そのため響きが残りやすいのです。まるでギターのように。
「朗々と旋律を歌うように弾きたいならチェロを弾けばいい。ヴィオラ・ダ・ガンバはもっとたくさんの響きを持っているんだ」とも言っていました。
5度の開いてはっきりした響きではなく、4度調弦の柔らかに重なる響きも、ヴァイオリン属とは違う響きを生むのかな、と思います。鐘のようにシンプルであり、たくさんの音の成分を持つ、自然な響きは私を平安な気持ちにさせてくれます。

誰がストラディヴァリウスを持っている、というのも大事だけれど、ピリオド奏法が1つの流れを作り出している現在、これからは変わってくるでしょう。なぜなら、名器を持って第一線で忙しく演奏活動をする人は、商業的にうまくいかないと成り立たないから。つまり、クラシック音楽をやって「売れ」なければいけないから。
楽器の仕組みや性質、その時代(時代背景含め)に合った演奏法を理解した人が楽器から本来の響きを引き出し、目的や理想を持って音楽を編み出していく。それは現代音楽も同じだろうと思います。そういう中で、特別な名器を持っていなくても、充実した中身のある、そして本来の姿で音楽を楽しませてくれる活動はどんどん可能になるでしょうし、そういういい音楽家が増えるだろうと思います。きっと。
posted by makkida at 20:37| 2018年ヨーロッパ旅 Europe2018 | 更新情報をチェックする
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