2018年10月30日

ガット弦の魅力

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11月11日カフェ・プレイエルさんに於けるコンサートのプログラムのために。そして来年4月の東京でのソロリサイタルにむけて。

プレイエル、といえば。プレイエルの楽器を好んで弾いていた音楽家で、真っ先に名前が出るのはフレデリック・ショパンでしょうか。
彼が生きた19世紀前半は、チェロの演奏技術も飛躍的に発達した時代でもありました。ショパンと親しかったフランスのチェリスト、オーギュスト・フランショーム。彼にはショパンが最晩年に書いたチェロソナタが献呈されました。
ショパンがチェロのための室内楽曲を残してくれたのはなんと幸せなことでしょう!叙情的な面、孤独、内面性、 感情の幅、強い愛情、ドラマ性、拡がりのある華やかさを持つ彼の世界を表現するには、ピアノ以外には、チェロがぴったりの楽器だと思います。
余談ですが、私が学生時代初めてリサイタルを開いたときのプログラムのメインがこのチェロとピアノのためのソナタでしたので、この曲には思い入れがあります。いつか、ヒストリカルなピアノと一緒に、モダンピアノとでは理想のバランスにならないこの曲を、デュオとして弾きたいとずっと願っています。
ショパンが若い頃に書いたチェロとピアノのための「序奏と華麗なポロネーズ」は、ウィーン出身のチェリスト、ヨーゼフ・メルクに献呈されました。メルクがウィーンで活躍していたときはまだベートーヴェンも生きていて、彼のトリプルコンチェルトも演奏しました。同じウィーンの音楽家フランツ・シューベルトとも親しく、メルクはエチュード(練習曲)をシューベルトにプレゼントしています(初版が1833年なので亡くなった友人の思い出に、かもしれません)。

ベートーヴェンの活躍した19世紀前後以来、多くのチェリストは人前で演奏するために、ピアノ(鍵盤楽器)とチェロや、2つのチェロ(チェロ伴奏つきの独奏チェロ)用の作品を書き、演奏してきました。
ベートーヴェンがベルリンのフリードリヒ・ヴィルヘルム2世を訪ね、自作の1番と2番のピアノとチェロのためのソナタを演奏した時、チェロパートを弾いたのはその宮廷に仕えていたフランス出身のデュポール兄弟でした。
また、1720年代にバッハが書いた組曲のような(それ以前にもイタリアのチェロ奏者たちが書き残していますが)無伴奏で成り立つ作品の他に、それ以降のチェリストは自らの技術を魅せるため技巧を駆使したカプリスなど、または生徒たちに弾かせる教育目的に練習曲を書きました。デュポール、フランショーム、セルヴェ、ポッパー、ピアッティ・・・などなど、今日も学生たちが練習に励む作品を、ガット弦で弾いたらどうなるでしょう?
勿論、当時の弦楽器奏者はガット弦を使っていましたし、ほとんどのチェロ奏者は膝の間に楽器を挟んで演奏していました。1800年代半ばにベルギーのチェロ奏者セルヴェ(フランショームとは友人でもありました)が、贈られた大きいサイズのストラディヴァリウスを弾くためにエンドピンを使い始めても、エンドピンの使用は20世紀になるまでは主流ではなかったようです。女性のチェリストにとっては有り難い道具だったでしょうが。

エンドピンの材質によって楽器のなり方が変わります。床に刺すことによって音の伝わり方も変わります。私はエンドピンを使わない方が楽器そのものの響きがいい(その楽器本来の良さが聴こえる)と感じます。ガット弦と金属のエンドピンの相性も難しいです。楽器が持っている倍音の多くを消してしまっているように感じる時があります。

1915年にハンガリーのコダーイがチェロのために書いた独創的なスケールの大きなソナタ。作曲当時もまだガット弦が一般的に使われていました。一台のチェロと思えないほどの音の広がりを持つ作品です。音域によって均一性を求めない、そしてたくさんの倍音成分と雑味を持つガット弦だからこそ、この曲の魅力がもっと現れるかもしれません。

コンサートではそれぞれの時代の作品に合わせて、バロックとモダンに調整した2台の楽器、弓を使い分けて演奏します。
スチール弦が一般的に使用される前までの音楽を、ガット弦を張ったチェロで味わいたいと考えています。手の掛かる楽器をさらに手を掛けて、呼吸する生きた楽器をさらに生命のあるものにして、生き生きした音楽をしたいものです。
スチールよりもひと回りもふた回りも抑揚、陰影、音色、表情の奥行きがあり、凹凸のある表現が可能なガット弦で、それぞれの時代の音楽を楽しんで頂けたら幸いです。
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