2018年12月02日

誰かにとって必要なもの

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ある症状に病名をつけたり、見つけたものや、ある現象に名前をつけたり。この世界にあるものは名前がつくことで存在が認められるのだろうか。
あらゆることを言葉や数字で説明できたら、お金を払う価値あるものとして認められるのだろうか。

原因は全て説明できるだろうか。
どうして音がひっくり返るのか、まっすぐ弓が動かないのか、指が動かないのか・・・人が問題だと思うことを、じゃあどうしたら改善できるか、良くなるか考えるとき、いろんな方向から考えることができる。姿勢、身体のある部分の硬さ、思考、性格、性質・・・。
こういう練習をしたらこの素晴らしい録音のように弾けるようになります、なんてあり得ない。
演奏のテンポの速さや音量の強弱の幅で音楽を批評することはできないし、教えることもできない。速さは、楽器の大きさや重量から来る発音の質にもよるし、演奏者の頭の動き(伝達の速さ)に関わってくる。うまく噛み合わない場合の「ズレ」、つまり違和感によって、「速すぎる」「遅すぎる」と感じることもある。その曲に合ったテンポ、その部分にあった大きさ(音量)が、丁度いい、気持ち良く感じるためには、そう単純な解決法があるわけでは無い。あるいは、意外と直感的に見つかったりする。
どうしてこれが気持ちいのか正確に説明できないことがある。
言葉にはならないことを、演奏でする。

自分にとって最も必要なものが、お金では買えないものか、買えるものか、高い値段するものか、お金とは関係ないのか、それが何なのかは人それぞれ。
誰かの演奏が、誰かにとって大切で、それは有名な演奏家ではないかもしれない。幸せになる音楽がメジャーな演奏家のものだということもある。

今、足元にある小さな石に名前が無いように、言葉にならないものがとても大事なこともある。
posted by makkida at 20:18| あんなこと こんなこと | 更新情報をチェックする
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