2019年06月17日

絵本、童話、そして生命の存在

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幼児期に絵本や童話の世界に夢中になることは、自分の存在を絶対的に肯定するための大切な時間なのではないか、と思います。
私が「存在する」こと。そして、両親、家族の一人一人、周りの人、猫、犬、鳥、いろいろな種類の生命が「存在する」ことを認識する。

親や周りの大人が本を読むきっかけを与えてくれなかった人でも、今からだって遅くない。
お話の中の人物が、人に会い、動物に会い、話をして、友達になって、ちょっとしたハプニングがあって、どんどん出来事が続いて、世界のいろんな場所に出かけて行って、海の中にも宇宙にも行ける。自分も一緒に簡単に時空間を飛び越える。
そんな想像の世界にどっぷり浸かっていていいよ、とプレゼントされていたのが、絵本や童話なんです。
小さな頃はそんな時間がみんな許されるのに(でも、許されない環境の人もいる)、オトナになったら、時空間飛び越えた世界が見えたり聴こえたりすることなんか、社会でうまくやって行けない人、と見られて避けられてしまったり悪口言われたり。その社会っていうのは、経済と仲がいい。お金にならないことは「損」で、学校に入ったら、「アンタ、そんなことやってたら損するよ」とガミガミ言われて「なんで勉強しないの!」って。
お金儲けにはならないけど、いつまでも好きなことや自分の身体ができること、自分や周りの人が気持ちいいと感じる仕事を続けられたら。いろんな立場の人が、この社会の「普通」とは違うことを「変」な気持ちにさせられるのではなく、違うのが当たり前の社会、がこの世界の大前提なはずなのになあ・・・。

森の奥深くに入っていったら、妖精たちが集っていたとか、大きな素敵な家があって、でもそれは子ども(子どもの心を持った大きな人)にしか見えなかった、という話、そういう場所は現実の世界にもあるんじゃないか、と思います。
山奥の小さな手作りの家に住み(作りながら住んでいる)、深い思索しながら農作業や肉体労働する人。シングルマザーや在日と呼ばれる人、その子どもたち、月々の収入が家賃と食費で精一杯の人が暮らすアパートでの、助け合って笑いの絶えないコミュニティ。お金はないけど、アイデアはたくさんあって(子どもたちのアイデアは素晴らしい!)、いろいろおもしろがって生きている人たちが、都市から離れたところ(きっと都会の中にもあるでしょう)でたまに集って話す。その話の世界は夢物語ではなく、この社会、この世界の本来の姿の、現実に結びついた内容です。
この地球(世界、社会)には、多種、多様な生命が存在する、ということを。

絵本や児童文学は、歳が若い子どものためだけにあるものじゃない。歳を重ねた人でも、心はいつまでも若くいられる、子どもの心を持つ人ならいつでも読みたいし、夢中になれる。
話しかけられても耳に入らないし、ご飯もさっさと終わらせて続きが読みたい、お話の世界にどっぷり入って行く感じ。無心の集中。
なんでこんなに夢中になれるんだろう!
posted by makkida at 12:27| あんなこと こんなこと | 更新情報をチェックする
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