2019年07月30日

印象深い先生

KIMG0949.JPG
うまく弾けたことを褒めるのではなくて、本質を理解できたことを褒める先生。
ふと思い出す先生がいる。
ベートヴェンの熱情ソナタの2楽章を聴くたびに。

私は高校でも大学でもソルフェージュのクラスは下の方だった。ピアノ科には、絶対音感があるのが当たり前で、書き取りもクレ読みもどんどん出来て、楽譜を初見でどんどん弾ける人がざらにいた。だから、ソルフェの授業は苦痛だった。
大学で、ある個性的な作曲家の先生のクラスになった。坊主頭でいつもラク〜なゆるゆるした服装で、杖をついて草履履いて(多分そうだったような)来られるこの先生のソルフェの授業は、これはまた他のクラスとは違うことをする内容だったけど、私にはとても面白かった。この授業では、基本的にピアノが流暢に弾けないと話にならないのだが、私は全然弾けなかった。彼の取り上げる曲は、多分、伴奏ピアニストとして歌曲をよく弾いていらしたからだろうと思うが、マーラー、ヴォルフ、世紀末ウィーンの音楽が多かった。チェロの曲があまりないこの辺りの作品に触れる機会が少なかったので、この先生の解説つき演奏は新鮮だった。そう、この方は、歌のパートを歌いながらピアノパートをグイグイ弾いていくのだ。
いわゆるソルフェージュの授業っぽくないね(^ ^)
ただ、リズムに関しては厳しかった。
ベートヴェンの熱情の2楽章の初めのテーマを大声で歌いながら弾く「感傷的になってズルズル酔っぱらったリズムでよく弾く人がいるんだけど、そうじゃないんだ」。シビアにリズムを細かく分けるのだが、冷たく機械的なところは無く、前進する強いエネルギーや意志を感じた。音符がそのリズムによって血肉を与えられたようだった。
音楽の美しさを表面的に捉えて「感情的に歌う」と、作品の本質が見えなくなる。基礎的なことを身につけずに、思慮深い理解無しに、書かれていることを気分に任せて表面的に崩すことを嫌った。

毎回の課題を学生はみんなの前でピアノで弾くのだが、私は先生の言うリズムの感じ方が理解できるのに、ピアノで思うように弾けない。でも先生は「あ〜あ!あなたピアノが弾けないけど、解っている!」と。「チェロでもいいんだけどー」「右手だけでいいから弾いて!」と元気に励ましてくれた(あまりの弾けなさに呆れていたんだろうけど・・・)。

「締め付ける服は体によくない」「ベルトは苦しい」と言ってゴムのウエストのズボンを履いてらした。
今思えば、チラと顔を出す一言や考え方はご自身の音楽に繋がっていたのだろう。卒業後、上野公園を、あのいつもの格好でスタスタ歩いてるのを一度お見かけした。どんなに興味深い話が聞けたかと思うが、その後直接お会いする機会もなく、演奏を伺うこともなく、だいぶ前にお亡くなりになったと聞いた。

ホロヴィッツの熱情ソナタのレコードを聴きながら、懐かしく思い出す、強く印象に残る先生。
posted by makkida at 22:00| 楽器演奏と身体 | 更新情報をチェックする
当サイトの写真、記事の無断転載・無断使用はご遠慮ください。 Copyright 2022 Makiko Tomita Kida, all rights reserved.