2019年08月13日

小さなことの価値

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野尻湖畔のイタリアンレストラン舟小屋さんでのコンサート、定員いっぱいの素敵なお客様に恵まれて無事終了しました。夏のイベントが重なってしまい、数日前までディナーの予約も埋まらず心配でしたが、おかげさまでお店の常連さんの予約もあり、コンサートのみのお客様も増えて安心しました。お店は熱気でいっぱいでしたが、夜は涼しい風が入りました(演奏者は汗だくでしたが)。
エアコン無しでの自然環境の中、ガット弦や絃楽器にとって湿度は厳しいですが、お客様にはありのままを見ていただくことができる貴重な体験だと思います。
年月を経て固く引き締まり、職人の手入れが行き届いた楽器は、多少の気温差や湿度変化にはへこたれません。もともと動物の腸は強い消化液にも強く、ストレスにも耐えてきたガットの弦も、自然環境にちゃんと反応してくれます。
演奏技術はそれに対応する形で必要です。いつもと同じでない、という状況に反応し、その場に合った音楽をする、という技術です。指板や弦の滑りが悪いときに、いつもと同じタイミングで指の移動を急ぐのではなく、それなりの時間をかけて丁寧に音程をとる。弦が引っかからないように、弓の毛との当たりに集中し、丁寧に発音する・・・。音の出し方はその場に合わせて自然と変わります。
演奏者は環境と楽器に合わせて、その場の人々のために音楽をすることで、生きた音楽になり、心の交流ができるのだと思います。
有機的です!

夏休みの混雑時、お盆休み前の忙しい時期にコンサートの場を与えてくださった舟小屋さん、ありがとうございました。
長崎の原爆の日に、音楽を通して祈りをともにしてくださったみなさま。小さな集いに、心と魂で音楽を受け止めてくださるお客様に感謝です。

翌々日の信濃村教会の礼拝では、J.メンセンディーク先生の希望のある前向きなお話で、心が温まり満たされました。先生は、アメリカからの宣教師の息子として2歳の頃から東北で生活し、仙台の教会にいらしたとのこと。マイノリティである日本のキリスト教の教会に携わる中で、「小さなことが大事であり、価値がある」ことに改めて気づかされたとおっしゃいます。東日本大震災では被災者のための活動に追われて、ついにバーンアウトしてしまった。礼拝に参加しても讃美歌も歌えず、話もできず、何も感じられなくなってしまった時、周りの人々が自分の代わりに歌ってくれ、祈ってくれた。そのことで力を与えられたそう。
弱ってしまってもありのままでいい、ということ。
自然natureと人が元気をくれるのでしょう。そして信仰が。
マタイによる福音書のあちこちから、小さなことに価値がある、真実がある例えを挙げてくださいました。
「二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである」マタイ18-20
良い真珠を探すこと、そして価値ある真珠は必ずあるということ。

また、インドのヴァンダナ・シヴァ氏の言葉から:
「独裁制と全体主義の支配するこの時代にあっては、小規模な対応が必要となってきているのです。なぜなら、大きな規模を持つ仕組みや手続きは、いま主流となっている権力に支配されているからです。生命中心の文化、生命中心の民主主義を建て直すにあたっては、小さきものこそ力を得るのです。・・・小さきものは、解き放たれた民衆のエネルギーにかんするかぎり、大きいのです。」(ヴァンダナ・シヴァ著 山本規雄訳「アース・デモクラシー」明石書店 より)

私のコンサートはいつも規模は小さいですが、魂で交流する人がいらしてくださって、音楽の本質を演奏者と一緒に心の奥深いところで、お腹の深いところ(丹田)で、味わってくださるのを感じます。
興行的にはギリギリですし、売れる演奏家にはなれませんが、私は生きた音楽の伝道者であり、芸術家でありたいと思います。
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