2019年12月19日

我がこと

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すぐに検索できて、遠い場所や人とも連絡が取れ、すぐに情報を得られる世の中。
目の前で困っていたり、傷ついたり、倒れたりしている人がいたら助けることはできる。地球の裏側で起きていることでも、何もできないことはなく、自分と関係がある。ところが、隣の国どころか、自分の国の中の離れた場所で起きている出来事や、長い間存在している問題でも、ずっと見ぬふりしている場合もあります。

どんどん前進して世の中で活躍しているアーティストたちは、いま起こっている社会の問題を自分の作品や表現の糧とし、自分の言葉として発しているのを見聞きすると、さすが頭の巡りや身体の反応が早いな!と感心します。しかも端的な言葉で提示するのがうまい。周りの人をどんどん巻き込んで、支援してもらい、メディアで発信する。
私は、身体の中に受け止めるまでの時間がかかり、それは一体どういうことなのか温度を感じる想像に至るまでに時間がかかり、それから私はどういうことをしたいのか考えるのに時間がかかる。考えの回路がまっすぐに繋がらず、あちこち寄り道や脱線、またはどこかに飛んでいったりしてしまいますが、私の頭と身体が一致するタイミングで色々なことが繋がる。でも、時間がかかります。

数年前に沖縄に行った時、この本の著者で牧師の金井さんの「不屈」の船に乗せていただきました。
数日間、駆け足で巡っただけでは手応えがなく、断片の思い出は色鮮やかで強烈なのに、どこから手をつけていいかわからず、行動を起こせない。命に関わる問題は、とにかくその場に通い、当事者の声を聞き、一緒に時間を過ごすことから始まるのだと思います。時間がかかることなのです。
でも、暴力は止まらず日々刻々と行われ、命を守るための抵抗には時間の猶予はありません。
「基地はいらない」ということの意味は、この地球から戦争がなくなることを願うものであり、地球を破壊する武力の放棄を願うものであり、あらゆる命を大切にしたい、非暴力で生きていきたい決意なのだと思います。
沖縄戦で何が起こったのか、本や映像、絵、話から想像します。
土地や家を基地にするために追い出された人々を想像します。
基地が我が身の近くにある状態を想像します。
刻々と珊瑚が死に、水が濁り、魚やジュゴンが離れていき、生き物の命が消えていくことを想像します。
そこにある物、そこで行われていることは、命を殺すためのもの。
その命は遠くの人間かもしれないが、友達かもしれない、家族や私かもしれない。全ては繋がって返ってくる。 見ぬふり知らぬふりは殺す側にいること!
今も近くにある差別。

まず知ることから始めよう。答えや、反対か賛成か、判断は急がなくていい。
知るのは怖いけど、知らないことは本当に怖い。
posted by makkida at 23:08| あんなこと こんなこと | 更新情報をチェックする
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