2021年02月08日

もう一度始めるんだ

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4月21日に予定しているソロリサイタルは、1日3公演で、詳細情報の最終調整に入っております。もう少しだけお待ちください!

北信は雪が朝から晩まで降り続き、あっという間に数十センチ積雪、屋根から雪が落ちて窓も埋まります。
感染症の流行は止まず、今年もまだ影響が続くでしょう。生活の事情は人それぞれなのに、行政や自治体による法規制によって人権が守られるのか気がかりです。大げさではなく、将来、権力が独裁的になる発端になるかもしれない。封建的な社会から平等と自由を自ら勝ち取った経験を持たない国の人々が、個々人の生存や働く権利などを手放してしまわないように!

先の状況が読めませんが、感染予防対策を心がけながら、客観的で長期的な視点を持ちつつ演奏活動を続けたいです。どんな状況でも、学ぶことはあります。
昨年のリサイタルは1年延期になりましたが、気がついたら、今年は東日本大震災から10年。あの時も、あまりの衝撃に、音楽をする意味を考え、悩みました。生きる上での音楽の存在が、自分の中で確かになり、なくてはならないものと再確認し、大きな方向転換をしました。
そして、今もまた。

他の楽器との共演では、プレーンガット弦をモダン楽器に張って弾くことが生かされていないように感じ、また、ヒストリカルピアノを弾くピアニストとの出会いもないという状態が何年も続きます。わかりやすく聴衆に伝えるために、そして、モダン(グランド)ピアノと弾くために、金属巻きの弦にした方がいいかもしれない、と気持ちが傾くこの頃。
音楽を聴いて自分の考えや感じたことを相手に伝える、ということをする人は少ないです。どうやって聴くかは人それぞれです。何を感じるかも人それぞれ。
演奏家でも感じることを言う人は少ない。
知識ではなく、今弾いている(あるいは、今聴いた)音楽から、思考や想像や感覚がどう発展していくのか。心にどう響くのか、あるいは全く響かないとか、好きとか嫌いとか・・・
期待する反応が得られない時にも、何が伝わっていないのか、そこから学びます。スマートではなく、見苦しいわが身を晒している気持ちになりますが。
新しい土地で単発でコンサートをして一回でわかってもらう、という「わかりやすい」音楽をやっていない音楽家は、丁寧に説明しながらテーマのあるコンサートを継続していくことが必要。コンサートというのはそんなに受け身でリラックスして癒しを与えられるものばかりではないです。決められた時間と空間で、一回きり、という芸術は、聴衆にとって結構キビシイものです。
いつまでたっても、目に見える反響はなく。それは一体なんなのか、と自問する。音楽で人並みにお金が稼げるようにならない、仕事がこない、ということか。
大事にすることは人それぞれなのであれば、人の反応を気にせず、自分が気になることや興味あることを毎日続けることのみ。コツコツ続けることが取り柄。
その覚悟。
それを楽しむ。なんて素敵な!

たとえ疲れを感じようとも
勝利がお前を傷つけようとも
ひとつの夢が消え去ろうとも
痛みに両の目を灼かれようとも
人びとがお前の努力に気づかずとも
報酬はただ背信のみであろうとも
無理解がお前の微笑みを断ち切ろうとも
たとえすべてが無に見えようとも
お前はもう一度はじめるのだ
(ホセ・マルティ)

なんと厳しく強い心根、生き方・・・

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