譜読み&ある程度弾けるようになるまで練習して、休んで、練習して、本番したあと置いて、また弾いて発見して、練習して、本番・・・を繰り返すと自分のものになってくる。
1日のうちでも、練習して、考えて、休んで、練習して、休んで、考えて・・・。1時間で弾けるようになる、ように効率的にはいかないもの。
煮詰まったら散歩する。
うまくいかない日もある。寝るとまた新たなやる気が湧いて、前向きになれる(ときもある)。
他のことに取り組んで、何年か後にまた戻ってくると、新しい扉が開く。理想の形が決まっているのではない。イメージが自由に沸き起こる。弾き方がもっと身体の感覚でとらえられるようになり、練習の仕方に結びつき、理解が深まっていく。
なぜ、演奏するために勉強し、理解に時間がかかるのか?
現代の演奏家は過去数百年、現在に至るまでの音楽、そして自分のではなく他の人の作品を演奏するから。
逆に言えば、何百年も前の音楽を演奏するには、当時の習慣や様式、演奏法を知らなければならない。楽譜には書いていない、当時の人の「当たり前」。楽譜に書けないのは、過去の音楽に限らず、例えば作品(作曲者)の言語が持つアクセントの特徴からくるリズムや抑揚や節回し、しゃべり方とも言える、も同じだと思う。
それらを知るために必要な、頭の柔軟性。
これは、現代社会の「多様性」にもつながるのではないだろうか。
立場上の表面的な体裁を気にして、本質を語らないことで事業(催し)をやりやすくすると、資金まわりも格好がつくし、確かに実績を次々に積むことができる。しかし、大切なことは、何を見て何をしようとしているかという姿勢だと思う。人種や国籍や出生や性別、時の政権による社会的に生きづらい、自由がない状況が世界中に多くあることを考えれば、表現の自由な音楽ができることは貴重で大事なこと。
音楽の仕事には終わりがない。長い時間軸で。大きな視点で。
飽きずに喜んで続けられる作品、というのも大事😉