2021年09月01日

身体を使う

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一昨日の夜、住んでいる地域では霧が立ち込め、気候が変わった、と身体で感じた。東京では連日35度超えだけれど。
ここでは、今年の夏、カラッと夏の日差しだったのは8月の初めだけ。中旬から雨続きで、湿っぽい夏だった(まだ終わっていないけど)。
今朝は雨。今の気温は16度。

小中学校ではタブレットを使う授業が当たり前になっているのだろうけれど、私のアナログ頭には、コンピューターの画面で読むことが難しい。ネットニュースや文章が存在することを「チェック」する程度が精一杯。長い文章を「理解」するのは紙媒体でないとできない。脳みそのひだに残らない気がする。
自分の頭で考える作業は、時にすんなりうまく進まないし、迷うし、わからないことばかりだし、時間がかかる。けれども、子どもの時にそのようなことは当たり前だ、と体験することは大事だと思う。
知識を得ても、自分の頭だけではどうにもならない。人と一緒に考えて出口を探していったり、昔の人はどうしていたのか本を読んだり勉強したり。

私は自分で作曲したいと思わない。才能を与えられていない。まず、欲求がない。アイデアのないカスカスの頭を絞ったって、そこには音楽の魅力はない。
だから、今まで生きてきた多くの音楽家や同世代の音楽家から影響を受け、楽器から学び、そして自分の頭で考え、自分の体を使う。過去の芸術家が残した素晴らしい作品がきっかけとなり、その扉を開けて、音楽の限りのない可能性の宇宙に身を投げ出すのが楽しい。
昔も今も、興味深い作品には、表に見えているものの背後に大きな世界がある。アイデアやインスピレーションは、その人が考えてきたことの結果でもある。

どんな小さなことでも、どんな小さな行動でも、身体を使うことで人は仕事の喜びが得られるのではないかな。多くのお金が動くという目的ではなく、生身の身体を通す喜び、その人柄が出る仕事、芸術に感動するのではないかな。
posted by makkida at 10:48| 楽器演奏と身体 | 更新情報をチェックする
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