
高齢の家族を介護している方は、コミュニケーションに葛藤の毎日だと思います。
脳の働きがうまくいかない症状の人に、こちらが「どうにか良くしてあげよう」と過度な助言や期待は、気持ちの空回りになります。体がうまく動かなくなっても、人は、日々上達する、という考えにとらわれています。それがあるから希望もあるのかもしれません。いいときも悪いときもある。でも、長い目で見て「上手くなる」「できるようになる」と思えるのは有難いことなのかも。
脳の動きは常に身近な人に影響を与えるようです。思考の癖が感染るような気がします。頭がうまくまとまっていないときには、考えがあちこち飛びます。出てきた言葉にすべて付き合っていたら、こちらの頭も振り回され、気持ちが浮ついてきます。
心が元気にいられるよう、精神状態を整えるのは、自分を大事にすることだと思います。人のために働く人、生活のために許容範囲を超えて仕事をする人、24時間介護をしている人にとって、本当に切実な問題ですね。
人のために動けることは自分のため、と言える人は素晴らしい。
さて、年末にプライベートで小さなクリスマスコンサートをお届けしました。
魂の交流をさせていただいている横田幸子牧師親娘のお宅に伺い、チェロと歌(我が夫のドイツ語とラテン語による歌。グレゴリオ聖歌やヒルデガルトの聖歌は私のチェロ)、そしてチェロの伴奏に乗ってみんなで讃美歌を歌う、というプログラムです。
幸子先生は私の音楽を心で受け止めてくださり、上辺でなく、音の中にある言葉を聴いてくださいます。ヒルデガルトの音楽を聴いて、その歌詞の内容を知らせずとも、驚くほどその音楽の本質を捉え、直感が働いて、想像力が豊かになり、情景が見えるのです。
この日のプログラムは次の通り。
グレゴリオ聖歌「幼な子 われらに生まれ」
聖書朗読 イザヤ書9章1〜6節
14世紀のキャロル「甘き喜びのうちに」In dulci jubilo 〜讃美歌「今こそ声あげ」
グレゴリオ聖歌「今日キリストはお生まれになった」
16世紀のコラール「一輪のバラが咲いて」 〜讃美歌「エッサイの根より」
ヒルデガルト・フォン・ビンゲン「おお、われらに開かれたり」
ヒルデガルト・フォン・ビンゲン「おお、緑に輝く若枝よ」
16世紀のコラール「いと高きところには神にのみ栄光あれ」(ドイツ語のグロリア唱)
J.S.バッハ「いと高きところには神にのみ栄光あれ」BWV 711
カタロニアのキャロル「鳥の歌」
ラテン語聖歌「神の御子は今宵しも」Adeste fideles 〜讃美歌「いそぎ来たれ、主にある民」
ヒルデガルトの曲の後に、幸子さんの口から自然と祈りの言葉が出てくるのです!感動を伴う、心から発せられる長い祈りでした。輝く光の中にいるような気分でした。
そして、バッハの曲の直後には「アーメン(まことにその通り)」!
そうです。コラールの最後の言葉は「すべての争いはいまや断たれたり」なのです。まさに「まことにその通り」と応答されたのです。
このように音楽を魂で聴いてくださる方に演奏できるのは、本当に幸せなことです。
これ以上の音楽的な、スピリチュアル(精神的、霊的)な聴き方があるだろうか、と感動します。
最近は、日々の生活でうまくできないことが増え、頭の動きがよくなくなっているとのこと。でも、精神に潤いが与えられれば、脳の動きが良くなって言葉が淀みなく出てこられます。精神的な豊かさを持ち続けておられます。幼い頃の姿がそのまま今も健在です。
素晴らしいクリスマスの贈り物をいただきました。今年最後の小さくて大きな出来事でした。
2025年が皆さまにとってよい一年になりますよう。地球上から「争いが断たれる」年になりますように。
