2018年02月26日

ソロの録音

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バロックと現代の楽器を使ってガブリエッリ、J.S.バッハからコダーイまでソロの録音をしました。
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軽井沢のコルネさんにて。数年前にオルガンの原田靖子さんと共演させて頂いた、オーベルタンのパイプオルガンがあるお宅です。天井も高く、新建材ながら自然な響きがします。残響がよく、どんな小さな音も、音が消えて行くのも美しく聴こえます。こういう響きの中で弾くのは身体に無理がなく、お陰でストレスも少なく録音を終えられました。
特にバロック音楽やクルタークのP、PP、PPPを弾くのは、どんなにイメージが湧きやすく楽しいことでしょう!
弦楽器はやはりいい残響がある中で弾かなければうまくならないと改めて痛感しました。技術的精神的な面でも問題点が明解になります。
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ちょっと疲れたら外にでると、澄みきった青空、まっすぐ伸びる木々が時たまさわさわと動き、静寂の中、小鳥の声が高いところから聞こえてくる・・・
弾くことだけに集中できるのはなんて幸せなこと!
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ガット弦との付き合いはまだスタート地点、やっと繊細な手応えをつかみかけたところです。
気持ちがたくさんあって想いが先走る傾向なので、録音でシビアな作業をするのはいい勉強です。いかにいつも丁寧さが足りないかを思い知らされます。録音して失敗して、問題点が明らかになり、また練習して、技術を磨いて身につけていく。逃げても跳ね返ってきます。真正面から取り組むしかありません。演奏は生活態度と同じ。

20代、30代の頃、「本当にやりたいことはこれなんだろうか」居場所がここにあらずと思いながらも、演奏すればすぐ次の仕事があって、声を掛けてもらって・・・それがどんなに有難いことか今になってわかります。

とりあえず、いまの段階で出来るところまでやりました。20年逃げ続けてきたソロをCDという形にしたら、やっと自分で作る我が道が始まるのかなと思います。

2018年01月22日

茶房ライヴシリーズ第1回終了しました

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1月21日、中町蔵シック館茶房にて茶房ライヴシリーズ第一回、新春チェロコンサートは、たくさんのお客様にお集まりいただき無事終了しました。寒いなかお越しくださったみなさま、手伝ってくださったみなさま、どうもありがとうございました。市民タイムスやタウン情報をご覧になってお申し込み下さって、満席でお越しいただけなかった方々、申し訳ありませんでした。次回ぜひ、またどうぞよろしくお願いいたします。
特別ゲストは松本で活躍する友人のオルガニスト、原田靖子さんで、ベビー(リード)オルガンで共演していただきました。
プログラムは以下の通りです。(ベビーオルガンとの共演は*)

G.B.ヴィターリ(1632-1692):トッカータ
J.S.バッハ(1685-1750):無伴奏チェロ組曲第1番ト長調BWV1007
J.S.バッハ:アリオーソ(公現後第3主日のカンタータBWV156「片足は墓穴にありて我は立つ」より)*
G.フォーレ(1845-1924):子守唄*
F.P.シューベルト(1797-1828):歌曲集『冬の旅』より「ライヤー回し(辻音楽師)」*
P.I.チャイコフスキー(1840-1893):感傷的なワルツ*
休憩
Z.コダーイ(1882-1967)富田牧子編曲:「夕べの歌」
Z.コダーイ:無伴奏チェロソナタ 作品8より 第1楽章、第3楽章
アイルランド民謡「サリー・ガーデン(柳の園のそばで)」*
E.ブロッホ(1850-1959):ユダヤ人の生活より「祈り」*
C.サン=サーンス(1835-1921):祈り*


2017年12月29日

茶房ライヴ@松本

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2018年初めは、長年の夢、蔵でのコンサートが実現!
〜築140年の蔵と、226歳のイタリアのチェロとの出逢い〜
中町通りの落ち着いた蔵の空間、茶房。
長い年月を経て硬く締まった材木が床や梁などに使われている蔵。
音を出してみると、 想像以上にチェロの低音がよく鳴り、高音も柔らかく、気持ちのいい理想的な響きだと感じました。 演奏者の息遣いまで聞こえる距離で、ガット (羊腸)弦を張ったチェロの音色を身体で感 じてみませんか?
J.S.バッハの無伴奏組曲から第1番、コダーイの無伴奏チェロソナタより第1&3楽章を演奏予定です。
特別ゲストの飛び入り参加で、チェロの小品も加わるかも!?
【満席御礼】このコンサートは満席になりました。どうもありがとうございます。ご予約できなかったみなさま、申し訳ありません。次回お会いできましたら嬉しく存じます。
2018年1月21日(日)17:00(16:30開場)
茶房ライヴシリーズ その1CELLO SOLO!
富田牧子(チェロ) 無伴奏チェロの愉しみ〜ガット(羊腸)弦の音色
【場所】中町・蔵シック館 茶房(長野県松本市中央2-9-15)
【料金】要予約  一般3200円/高校生以下1200円(1ドリンクつき)未就学児無料
【電話予約・問合せ】 0263−87−7723(茶房)070−4314−3735(えびはら)
💡チラシはこちら20180123茶房ライヴA4.pdf

💡当日のプログラムはこちら

2017年12月09日

クルタークの音世界

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Abbado & Wien Modern II の"Hommage A Andrei Tarkovsky"に入っているG.Kurtág「サミュエル・ベケットーことばとは何」を聴いて、作品5bサイン"Jélek"の音のイメージが見えた気がする。

2017年10月15日

10月28日(土)無伴奏チェロコンサート@ギャラリー古藤 EKO ON!!

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無伴奏チェロコンサート〜ガット(羊腸)弦を張ったバロックとモダンのチェロを使って
今年初の江古田音楽祭、江古田の街のあちこちでクラシック、ジャズ、ポピュラーのライブが期間中に160公演も!どうなるのでしょうねえ。
10月28日(土)にギャラリー古藤さんにて無伴奏チェロコンサートがあります。
最近の私のスタイル、バロックと現代の楽器を使ってJ.S.バッハと近現代の無伴奏曲を組み合わせるプログラムです。今回は、あまり弾かれることのないシベリウスの若い駆け出しの頃の作品も入れます。
ガット弦や楽器の紹介、それからコダーイやシベリウスを演奏する前に、ハンガリーやフィンランドで伝承されてきた歌も合わせてプログラムを組む予定です。
ハンガリーとフィンランドの人は、遡るとルーツが同じです。初めてヘルシンキへ行ってフィンランド語を聞いたとき、一瞬ハンガリー語かと思ったほど似た音を持っています。芸術音楽で民俗音楽を大事にしているのも共通です。ただ、フィンランドには北極圏のサーミの人たちの文化があるので、民俗音楽といっても一概に語れなさそうです。自然や生活必需品全てに魂があるという信仰の中で生きているサーミは、アイヌにも似ています。
世界には民族の数だけ音楽があり、言語、食べ物、衣装、生活の形があります。その扉を開けると、次々にそれらが飛び込んできます。
音楽を足がかりに知る、こんな楽しい体験をちょっと味わってみませんか?
リラックスしてもカジュアル過ぎず、お祭りの中の心鎮めるひとときを過ごしていただけたら嬉しく思います。

2017年10月28日(土)13:30〜14:30
江古田音楽祭〜無伴奏チェロコンサート
会場:ギャラリー古藤(練馬区栄町9−16)
J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第3番ハ長調 BWV1009
J.シベリウス:無伴奏チェロのための主題と変奏
Z.コダーイ:無伴奏チェロ・ソナタ 作品8より
・・・他
【公式WEB】江古田音楽祭http://www.eko-on.jp
【予約・問合せ】fwge7555@mb.infoweb.ne.jp(ギャラリー古藤)
MA企画でも予約受け付けます。kikaku_ma☆yahoo.co.jp(恐れ入りますが☆を@にタイプし直してください)

2017年09月26日

コダーイの誕生日に🎂〜BELUGAコンサート

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12月16日(土)富田牧子チェロコンサート(3回シリーズ)
「vol.3 無伴奏チェロの愉しみ〜ガット弦で弾くJ.S.バッハ、コダーイ、クルターク〜」
December 16, 2017 BELUGA Concert Series〜Cello Solo〜play J.S.Bach, G.Kurtág & Z.Kodály with gut strings
on Mr Kodály's 135th Birthday


横浜は関内の賑やかな通りを入った裏路地、ラーメン屋や牛カツ屋、居酒屋を超えてたどり着く、音楽の隠れ家ベルーガオルガン練習室。ここでのコンサート3回目は、コダーイの誕生日に合わせて12月16日となりました。
コダーイ氏は敬虔なカトリック教徒で、日曜日にはアンドラッシー通りを通ってバジリカ(聖イシュトバーン大聖堂)へ出かけたそうです。とても大きな聖堂なので、クリスマスは華やかなお祝いだったでしょうね。私はここよりも、ブダの城にあるマーチャーシュ教会のコンサートや、用事ついでにカルヴィン広場の改革派教会によく立ち寄っていました。

さて今回は、コダーイはいよいよ最終楽章、クルタークの小品、そしてJ.S.バッハは5番の組曲です。
コダーイの無伴奏ソナタでは低い2つの弦を半音(短2度)ずつ下げる調弦(G→F# (Fis)、C→B (H))が指定されています。通常の調弦(チェロでは高い方からA、D、G、C)を変えて合わせる変則的な調弦方法をスコルダトゥーラscordaturaといいます。イタリア語の意味にはもともと「楽器の調子が狂っていること」とあることから想像すると、特殊な調弦でいつもと違う共鳴が起こる違和感が面白く感じられます。特にヴァイオリン属は完全5度調弦。そこから完全音程でない、ロ短調h-Moll(+ラA)の調弦になるということは・・・ぜひ、実際に聴いてみてください!
バッハのc-mollの組曲でも一番高い弦AをGに下げます。せっかくA線を下げるなら、ドメニコ・ガブリエッリのリチェルカーレも加えましょう。
クルタークは第一回で弾いた作品5の3曲をもう一度取り上げます。前置きがあって、テーマがあって展開して・・・という伝統的な手法ではなく、熟考の末に極限まで音を少なくして、しかも即興的で、あっと言う間に過ぎてしまう、まるで現代美術に出会ったような作品。「???」と思っているうちに終わってしまい、一回聴いてもよくわからない、違和感だけ残った、または覚えていない方もほとんどでしょう。目の前で聴く機会も多くはないでしょうから、これもご縁のひとつで。そのうち、クルターク全曲のコンサートはやってみたいと思います。

ガット弦を使う、ということに正解な答えはないと思います。何が正しい音なのか、という意味において。バロックの調整かモダンの調整かによっても、いい音や可能な表現は変わってきます。録音をしてみると、いかに音を出すことに対して神経が行き届いていないか、理解が浅いか、無知さを痛感します。音とは何か、気持ちいい音程とは何か、常に問われます。スチール弦に対してガットは振動がものすごく大きい。人口のものではない素材が持つ強靭さが、たくさんの音の成分を生みます。弓の角度、弓の毛の量、速さ、圧力、そしてイメージや感情に敏感に反応する説明しがたい弓の「当たり」が、ガット弦の表現に無限の可能性を与えます。裏返る音か、高音の倍音なのか。聴こえない振動も音に含まれます。
最近、私の楽器のかかりつけ楽器職人と話題になっていること。
ガット弦はスチールやナイロンに比べて、たくさんの音の成分(例えばAを出したときに何が聴こえるか)を含む。それは多くの倍音、弦の振幅、楽器本体への伝わり方、色々なことが機械でも計測できる。
動物の腸は強い。身体の中にいるときは消化液にも耐え、常に働いている。タンパク質の構造が分かる人ならもっと具体的で面白いだろう。ガット弦だけでなく、動物の一部を使った楽器が持つ音の存在感はそういうところから来るのではないか。雑味と思われる要素や、可聴範囲を超えた音もあるから、心地よかったりするのではないか。心に伝わる力が強いのではないだろうか。
演奏する本人はその命の振動を直接肌で感じます。音を耳から通すだけではなく、骨、皮膚から。

一度として同じ音はなく、正解はないのです。
楽器を知り、音を知り、身体との関係を知り、出来ることが見つかる。そんな小さな発見が、表現の幅を大きくしてくれます。生涯、発展途上です。

もしよろしければ、今年2017年が没後50年のコダーイの135歳の誕生日(12月16日)🎂を、225歳の私のチェロ(ずっとNoNameと思っていたのが、最近製作者名が判明したことも祝って!)と一緒にお祝いしませんか!

12月16日(土)富田牧子チェロコンサート(3回シリーズ)
「vol.3 無伴奏チェロの愉しみ〜ガット弦で弾くJ.S.バッハ、コダーイ、クルターク〜」

と き:2017年12月16日(土)17時00分(開場15分前)
ところ:BELUGAオルガン練習室(横浜・JR京浜東北線・関内駅から3分)
料 金:4,000円 / 7,500円(ペア券)(茶菓付き)
《プログラム》
J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第5番ハ短調BWV1011
Z.コダーイ:無伴奏チェロソナタ 作品8より 第3楽章
G.クルターク:「しるし、遊び、メッセージ」より
💡チラシ表20171216BELUGA cello.pdf
【ご予約・お問い合わせ】
ご予約には、コンサート名・枚数・お名前・ご連絡先を記載の上、メールにてお申込みください。お電話でも承ります。ご予約後、こちらから改めてご連絡いたします。
BELUGAオルガン練習室
メール:belugaorgan@mbr.nifty.com
電話:045-662-5536(不定休)

2017年06月06日

G.クルタークの器楽作品

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クルターク夫妻の素敵な写真。
子どもの時にピアノで遊んだ、高音と低音を交互に鳴らしたり、ペダルを踏みっぱなしにして音階を弾いたり、そんなのを思い出す。遊びのようだけれども、ジェルジュ氏とマールタ夫人の出すピアノの音は温かく、澄んでいて、迷いがなくシンプルだ。ツィンバロンのイメージなんだろうなあ、とか、小さい生き物が飛び跳ねてユーモラスだったり、いたずらしたのが失敗して丸見えになっちゃったり、尻もちついたり、さーっと動く風だったり、いろいろなイメージが目に浮かぶ。まさに「遊び」Játékok(Games)。
抽象画のような音世界以外にも、1950年ごろの民謡風な連弾曲もある。
こんなに自在に楽器で遊べると楽しいだろうなぁ・・・

クルターク・ジェルジュの弦楽器のために書かれた作品の特徴について、まず、一つの音から始まって次へまた次へと辿る音のつながり。コンサートでは数十秒で終わる曲を題材にちょっとお話してみようと思います。
つぎに、言葉。発音がそのまま音になる。日記や手紙の断片を音楽にしたカフカ断章が明解かもしれない。器楽の音は言葉で、歌の言葉は音である。音による詩とも言えるだろうか。


音が多くなく曲が短いところがウェーベルンに似ている、とよく引き合いに出されるが、あちらは20世紀前後のウィーンの世紀末の匂いが充満していて、空間の密度などまったく違うし別世界のように感じる。感覚的だけれども。

クルタークの友人たちの思い出に書いたものは、それぞれ大切な友人や過去の芸術家に対する個人的なメッセージだ。彼の考える友人像だったり、残した詩や言葉だったり、その作曲家のスタイルを使って音にしたものだ。彼が惹かれた人や物を知ることは、思考の道筋に少しでも近づく手がかりになるのではないかと思う。
例えば、よく取り上げられるハンガリーの詩人ピリンスキー・ヤーノシュ(1921-1981)。クルタークの5歳年上で、第二次大戦中に強制収容所で経験し、戦後の共産主義の独裁政権下ハンガリーの難しい時代に生きた、カトリック教徒としての土台がある人だ。これは詩人自身の朗読による彼の傑作"Apokrif(Apocryphaアポクリフ(聖書外典))"


なぜ作曲家が「ゲーム」「メッセージ」「しるし」や「誰それへのオマージュ」を書いたのか、少しの文章の情報はあったとしても、本人しか解らない背景や思考やイメージ、その人との思い出があるのだと思う。調べれば調べるだけ見えてくるものがあり、すこしずつ近づくことができる。けれども、これはこうだ、とはっきり解らない。

音はダイレクトにイメージを伝えることができる。回り回って、一番のヒントは楽譜にある。
行きつく先は、言葉を超越してダイレクトに来る質感、温度感・・・つまり音そのもの、でありたい。

もう一つ。作曲家による演奏で。なんて美しいグリッサンド!まるでハープで弾いているようにも聴こえ、ときにダイナミック。白、ピンク、赤紫の光で照らされた、とても柔らかな雲の上を漂っているような。

2017年05月13日

無伴奏シリーズ@ベルーガ

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先日は仙台に行き一日街中歩き回って、《羊とヤギ》コンサートのチラシをあちらこちらに置かせて貰った。東京にいると情報や人の多さに参って、軽く引きこもりになってしまう。仙台では中心地は徒歩で動き回れるし、地下鉄でも人と人との空間が保たれているので、移動が身軽にできる。大きなコンサートやセミナーなどの情報が多くないため、共有し易い気がする。チラシを置かせてください、と頼んで、断られた場所がひとつもなかったのには驚いた。とにかく、東京で私はちっとも必要な情報を得られていないことに改めて気づいた。この点はいつになっても不可能であろう。

さて、横浜は関内のベルーガオルガン練習室に於ける、バロックと現代のスタイルの楽器を使った無伴奏シリーズ、第2回は6月11日です。
「古楽」や「モダン」という枠で分けられると、その分野で名を成していない中途半端な音楽家ではありますが、私は「音楽」は音楽、音楽が生かされ、人間も楽器も生かされればいいと考えています。ピリオド奏法をするのは作品の良さを最大限に味わえるため、それによって自分自身も気持ち良いからです。
共鳴してくださる方が少しずつ増えて、生命力のある音楽が拡がり、それぞれ個人の身体と心が楽になることを願っています。

無伴奏シリーズに向けてはこちらをご覧ください。
http://tomitamakiko.seesaa.net/article/448802581.html
https://belugaorgan.wordpress.com/2017/04/20/1045/

2017年05月08日

ガットの喋りと歌で表す宇宙

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BELUGAコンサートシリーズ、第2回にむけて。
今年はコダーイ没後50年です。節目の年に、J.S.バッハと組み合わせたシリーズで演奏できる機会が持てたことを幸いに思います。

第1回は、チェロという楽器が現れた1600年代の、イタリア・ボローニャで活躍したヴィターリとD.ガブリエッリを加え、J.S.バッハへ繋ぎました。前回の不足も生かしたく、次回は、20、21世紀のコダーイとクルタークに至る旅も工夫するつもりです。バッハを敬愛した二人のハンガリーの作曲家は、独奏チェロのために個性的な作品を残してくれました。バッハの組曲が書かれてから、コダーイの無伴奏ソナタは約200年、クルタークの方は260年〜290年後に生まれました。バッハの無伴奏チェロ組曲という圧倒的な存在が、小さな川(Bach)のように近現代の音楽家それぞれに注ぎ込む、またはその逆を想像できるようなプログラムを構成したいと思います。

大雑把な歴史の流れを踏まえた上で、それぞれの音楽家の独自性を見ていきたいと思います。
教会や宮廷の王侯貴族のための限られた場所での音楽から、フランス革命が起こり市民が生活の中で芸術音楽を楽しむようになる。職人的だったものが、音楽家も個として自立し、やがてスターのような演奏家が現れる。サロンのような小さな空間で演奏されていたものが、1000人以上の大ホールで演奏される音楽になる。産業革命が及ぼす楽器の移り変わり。20世紀前半は大きな戦争が今に至る悲劇を引きずり、コンピュー社会が人々の生活に大きく影響を与え、それぞれの音楽家が色々なスタイルで活動する現代・・・。
そんな膨大な情報量を、一つのコンサートで消化するのは不可能です。

大きな歴史の流れの中でも、個々人が何百年、何千年の昔の何かと直接つながることはあります。
コダーイやクルタークが一人の人間としてバッハを見つめ、それを私が捉え、今、演奏する不思議さ!
それは、単に過去に遡って古いものを再現しているだけではありません。
自然界に存在する素材を使った、木の楽器に羊の腸の(ガット)弦を張り、それぞれの音楽家の世界の人となって言葉を喋り、歌を奏でる、という私だけで成り立たない、私個人をも離れた人間の仕事。何が起こるか分からない良さ、ワクワクも含めて(生きもののである木とガットは、まさに何が起こるかわからない)・・・。ガット弦の多彩な表現や喋り方は弾くたびに新しいものです。何年も使っている楽器とはいえ、いつも新鮮な気持ちで彼(彼女)の調子に耳を傾けながら弓を当て、私の呼吸と一緒になると、楽器が鳴り出し私の身体が巡り出します。
人間の身体や楽器の小さな宇宙から、芸術、そして大きな宇宙まで、自然に繋がるような音楽をしたいと思います。

2017年6月11日(日)昼の部13時半/夜の部17時半
BELUGAコンサートシリーズ
チェロコンサート全3回シリーズ vol.2
「無伴奏チェロの愉しみ〜ガット弦で弾く J.S.バッハ、コダーイ、クルターク」

J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲 第3番 ハ長調 BWV1009
Z.コダーイ:無伴奏チェロソナタ 作品8より 第2楽章
G.クルターク:『しるし、遊び、メッセージ』より 「バラトンボグラールの思い出〜シェルター・ユディットの誕生日に」、「ソクラテスの別れ」
・・・ほか
於 BELUGAオルガン練習室(横浜市中区常盤町3−34 和風ビル202)
💡チラシはこちら20170611Beluga.pdf

2017年03月12日

ガット弦で言葉を喋る

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あることに気づいて、その切り口から見てみると、同じものの別の面が見えて来る。音楽でも同じこと。
人には「できること」があんなにも、こんなにもあると思えばいい、と言うのに、自分のこととなると「あれもできない」「これもできない」と出来ていないことばかり目につく。ある日突然「まったく出来ていない」と愕然とする。もっとも、「私にはこれが出来る」と胸を張って言えることなど100に一つくらいだけれど。
語学は大事だ。
ドイツ語圏の音楽はドイツ語、ハンガリーの音楽はハンガリー語、フランスもイタリアもどこの音楽も、作曲家の母語での喋り方や発音、発声や文章の作り方と密接に関わっている。たとえ言葉がついていない器楽作品でも、その言語は直接つながっており、音楽による言語である。特にバッハは、ドイツ語で話すこと、そのものだ。
例えば、リズムは単語のリズムだし、休符は喋り方である。リズムは音符の正しい分割ではなく、言葉の抑揚でもある。
身体のどこから言葉が発せられるかは、言語によって違う。これは音楽の本質だと思う。
そして、ガット弦だからこそ微妙で豊かな喋り方や発音、そして核心的な表現が可能になる。

こうやって理解が一つ増えると、レパートリーも新たに学び直し。
結局、いつまでたっても「出来る」なんて言えないのだが、「解る」ことを増やしていくだけなのかと思う。

何度も弾いているバッハやコダーイを、また新たに見直しています。私にとっては「ガット弦で弾く愉しみ」、かな。
ベルーガオルガン練習室の響きならクルタークを弾くのに向いているかもしれない、と思い組み合わせました。沈黙、最小限の音、強い音圧が共存し、言葉(セリフ)があり、幻想や夢のように空間で自由自在に動き、力が抜けて聡明な音楽。音そのものが印象となる・・・。
androidapp/658160809163810-1142538910.pngKurtag: Signs I
コダーイはもちろん民謡、ハンガリー語の歌。歌はチェロの声、老若男女の人間の声。ときに一人、大平原に佇む。ときに大勢で踊るダンス。そして、一人オーケストラ。

バロックと現代のスタイルのチェロと弓、それぞれの楽器や作品の簡単な紹介も交えて演奏します。アットホームな場で、ガット弦での音楽の喋りと歌を味わっていただけましたら幸いです。もしよろしければお越しください。

2017年4月1日(土)昼の部14時/夜の部18時
BELUGAコンサートシリーズ
チェロコンサート全3回シリーズ vol.1
「無伴奏チェロの愉しみ〜ガット弦で弾く J.S.バッハ、コダーイ、クルターク」

J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲 第2番 ニ短調 BWV1008
Z.コダーイ:無伴奏チェロソナタ 作品8より 第1楽章
G.クルターク:「しるし、遊び、伝言」より 作品5b I,II,III ほか
於 BELUGAオルガン練習室(横浜市中区常盤町3−34 和風ビル202)
💡コンサートについてのメッセージはこちら
💡チラシ20170401表.pdf
20170401裏.pdf
料金:4000円/ペア7500円
予約・問合:☎︎045−662−5536(不定休) 
      📩 belugaorgan☆mbr.nifty.com (☆を@に直してください)

2016年12月20日

J.S.Bach & G.Kurtag

ギャラリー「ときの忘れもの」さんでの今年全4回のコンサートシリーズ、いよいよ22日が最終回!
クルタークはそれぞれとても短い曲ですし、詩が付いているものもあるので、一度弾いたあとに詩を読んでもう一度演奏する、ということもやってみたいと思います。
ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート 
第4回「ガット弦で弾く、J.S.バッハとG.クルタークの無伴奏チェロ作品」

曲目:
J.S.バッハ (1685-1750)
無伴奏チェロ組曲 第2番 ニ短調 BWV1008より
 プレリュード
 アルマンド
 クーラント
G.クルターク (1926- )
 メッセージ −クリスチャン・ズッターへの慰め
 メッセージ −クリスチャン・ズッターへの慰め(アリオモード)
 ピリンスキー・ヤーノシュ「ジェラール・ド・ネルヴァル」
 民謡風に
 ヴィルハイム・フェレンツを悼んで
 バラトンボグラールの思い出〜シェルター・ユディットの誕生日に
 ブルム・タマーシュの思い出に
 アンチェル・ジェルジュの思い出に
 ソクラテスの別れ
J.S.バッハ
無伴奏チェロ組曲 第2番 ニ短調 BWV1008 より
 サラバンド
 メヌエット1、2
 ジーグ

日時:2016年12月22日(木)18時〜
会場:ときの忘れもの
出演:富田牧子(チェロ)
プロデュース:大野幸

ご予約はこちら↓「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申込ください。
E-maii. info@tokinowasuremono.com

2016年10月06日

木坂宏次朗氏展"Monas(モナス)"のためのコンサート

イメージは芸術家の頭のなかにある断片や言葉から生まれるもの。突如出てきたようでいて、直感というのは、潜在的なものから発する。創造する人のなかにある意志を持ったアイデアは、作品を創作していく過程で、裏から表から、内面から外観から、あちこちの角度から思考され、その身体を動かしていく。
もうこれ以上分割できない「個」「単一」Monas(Monade)。
別の個である他の人が複数集まって、同じ空間で共同作業をすることで、アイデアはさらに発展してゆく。
音楽ではそれぞれの作品が、意志を持った時間を持つ。絵を描くことも、一筆一筆が時間の経過、足跡を表す。ここから向こうへ。不思議と、それを感じる絵もある。
作り出す人はイメージから始まり、見る人や聴く人はイメージする。創造する者の内面の動きを辿ることができるだろうか。

京都在住の美術家、木坂宏次朗さんの「モナス、光の始まり」と題する展覧会のなかで、ソロコンサートをいたします。町家を改築した森田建築設計事務所さんの、雰囲気のいい、そして音響もいい素敵な空間で、木坂さんの絵の世界を味わい、そこに音楽がどう加わるか・・・その場に身を置き、音を出すのが楽しみです。

森田建築設計事務所のHPで詳細が御覧いただけます。
展覧会
2016年10月21日(金), 22(土)
27日(木) → 30日(日)   
時間 11:00 ~ 18:00
( 22日  チェロコンサートの為16時半にて展覧会終了、準備の為一度閉場 )
場所:上門前の家 森田建築設計事務所(京都市北区紫野上門前町5)  

10月22日(土) 富田牧子 チェロコンサート
〜ガット(羊腸)弦で弾く 独奏チェロのための音楽〜
 
プログラム
J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第3番
P.ヒンデミット:ソナタ作品25
J.シベリウス:主題と変奏
Z.コダーイ:ソナタ作品8より 第1楽章
G.クルターク:サイン I、II、III 作品5b 
              
当日の記憶は森田建築設計事務所のブログでどうぞ!

2016年08月31日

J.S.Bと20世紀の音楽

「1910年よりあとの時代は、全然革命的なものとは見なしえません。第一、芸術においてはそうしたことは考えられないことです。ただ緩慢な進行か急速な進行があるだけで、したがって、本質的には発展であって、革命ではありません」
「一人の作曲家が持っている特有な様式というものは・・・その作曲家の内部から現れてこなくてはならないもの」                              (B.バルトーク 1941年)

世紀末から20世紀初頭の社会と芸術の動き。特に美術の世界の充実さや熱さは惹きつけられるものがあり、他の舞台芸術や踊りや音楽との共同作業が盛んになりました。二つの大戦の狭間、置き忘れそうになる、激動の、ものすごい速さで駆けていく時代。その一方で、忙しない都市とは違う場所の、ゆっくりと流れていく別の時間。それぞれの芸術家の仕事が発展してゆく、それぞれの時間。
もう100年近く経つと、繰り返し演奏されてきた歴史があります。その積み重ねが先入観に自分を陥らせるところから脱して、取りかかれるところから学びつつ、珠玉の室内楽曲のプログラムを組んでみたいと、何年も思い描いています。
チェロの独奏曲だと思うようにはいきませんが、「ときの忘れもの」さんにいただいたこの機会に、少しずつやってみることにしました。1920年代の作品と、20年前後に生まれ、第二次大戦を含め急激に変化し続けた社会を経験した作曲家を、200年前のJ.S.バッハの作品を組み合わせます。

バッハの安定感のある変ホ長調の心地いい内的宇宙。そこに同居する、クルターク、ルトスワフスキ、ヒンデミット、それぞれの小宇宙。

9月17日(土)16時
ギャラリーコンサート ときの忘れもの・拾遺

場所:ギャラリー「ときの忘れもの」(東京・青山)
プログラム:
J.S.バッハ/無伴奏チェロ組曲 第4番 変ホ長調 BWV1010 (c.1720)
G.クルターク (1926- ) /記号(サイン)I, II, III (1987)
P.ヒンデミット (1895-1963) /無伴奏ソナタ 作品25 (1923)
W.ルトスワフスキ (1913-94) /ザッハー変奏曲 (1975)

プロデューサー大野幸さんのメッセージとご予約お問い合わせ先はギャラリーのブログで
*要予約 料金:1,000円
メールにてお申し込みください 📩info@tokinowasuremono.com
満席御礼。予約受付は終了されました

2016年08月09日

micro-intervals

微分音は民俗音楽の音程をイメージすれば自然に感じる。細胞が絶えず動いているよう。

By Lutoslawski

2016年08月08日

mirocosm

Working on Jelek by Kurtág.

音の跳躍にも身体が自然に動きやすい調和と秩序がある。練習すればね・・・

2016年01月21日

サンドイッチの音楽

プログラム
G.B.ヴィターリ:カプリッチョ *
J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第1番ト長調 プレリュード、アルマンド
G.クルターク:ジョン・ケージのためのオマージュ〜ためらいがちな言葉、ピリンスキー・ヤーノシュ”ジェラール・ド・ネルヴァル”、信仰・・・(『ペーテル・ボルネミサの格言』より)
J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第1番ト長調 クーラント
近藤浩平:源流への旅
J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第1番ト長調 サラバンド
G.クルターク:民謡風に
B.バルトーク:ブルガリアのリズム(『ミクロコスモス』より)*
ブルガリア(トラキア地方)の踊り *
J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第1番ト長調 メヌエット
G.リゲティ:無伴奏チェロソナタ
J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第1番ト長調 ジーグ

[* チェロ&パーカッション]

バッハの組曲に現代の音楽を挟むプログラムは、全体でひとつの作品です。弾きこんで、形になってみると、演劇かダンスか、一種のパフォーマンスでもあるように感じます。特にガット弦で弾くということは一瞬一瞬の動きに新鮮さがあります。無窮動的なリゲティを弾くのは、ダンスです。身体が温まって、メンタルも適当に高まって、全体的にバランスが取れ、いい緊張感を保てる状態になっていることがとても大事です。どれが遅れてもうまくいきません。
音楽に甘えていられないですね。
なので、この公演は1回で終わるのではなく、3回くらい続けてもいいような気がします(笑)。

2016年01月14日

LigetiとKurtagとの出会い

今年は、長年温めていたアイデアを実現できるコンサートを計画しています。バッハと現代曲いろいろ織り交ぜた、リラックスしたコンサート。まさかソロで実現可能になるとは考えていませんでしたが。

ハンガリー出身で、3歳違いの友人であった二人のジェルジュ。ハンガリーといっても両者とも生まれはトランシルバニア(現ルーマニア)でした。二人が初めて出会ったのは、1946年のブダペストのリスト音楽院の入学試験だったそうです。
初めてリゲティの無伴奏ソナタを聴いて、いいな、と惹かれたのはハンガリー留学中でした。もう14、5年前になるのか・・・。リゲティのバースデーコンサートがブダペストのリスト音楽院の大ホールで行われました(でも2003年ではなかった気がするから、80歳になる前の記念コンサートだったのだろうか。覚えていません)。舞台上の作曲家は大きくてユーモアと温かみのある人でした。ユダヤ系の彼が第二次大戦中にどんなに壮絶な体験をしたか(家族をアウシュビッツに送られ、母親しか戻ってこなかった)を私が知ったのは、それからずっと後のことでした。無伴奏ソナタの楽譜をすぐ購入したものの、弾いたのは日本に帰って数年経ってからです。一楽章の歌うようなディアローゴは魅惑的でしたが、二楽章の無窮動ばりのカプリッチョでは指使いを考えるのが一苦労でした。
クルタークの音楽を初めて聴いたのもブダペストでした。パリからアンサンブルアンテルコンタンポラン(先日亡くなったピエール・ブーレーズが作った現代音楽を演奏するアンサンブル(室内オーケストラ))のメンバーが来て、クルタークの「サイン、ゲーム、メッセージ」などを次から次へと演奏してくれました。繊細で知的なアンサンブルに飢えていた私は、彼らの洗練されて自在で自然な響きに衝撃を受けました。帰国して、チェロ独奏曲を初めて弾いたのは6年前。弦楽四重奏でも弾きましたが、なかなか私自身が自由になれず、イメージに身体が追いつかず、作曲家に恐れを抱いて近づけない、そんな体験でした。
今、久しぶりに二人のジェルジュにお会いして(笑)、遊びのある音楽にとても親近感を抱いています。懐かしい気持ちです。

2015年11月10日

サンドイッチコンサート〜誕生月にありがとうライブ

J.S.バッハ+無伴奏チェロいろいろ。
2016年初めは、バッハの1番の組曲のあいだに、ハンガリーの20世紀から今世紀をまたぐ作曲家リゲティとクルターク、近藤浩平氏の2014年の作品、パーカッションのコスマス・カピッツァ氏が参加してくださって何かお楽しみのセッションを挟みます。休憩なしの一時間に、ほどよく収めてみたいと思います。バロックと現代の楽器を交互に使うことになります。実験的な第一回になりますが、音のサンドイッチをご一緒に楽しんでいただけましたら幸いです。
このシリーズで大事にしたい点は、バッハの時代のものや嫌厭されがちな現代音楽、どの時代の音楽も現在の私たちにとって近い存在でありたい、ということです。20世紀以降の多くの無伴奏作品のなかでも特に色々な民族音楽の要素を持つ音楽や、演奏会でなかなか聴く機会のないけれど今でも新しく感じる音楽を取り上げたいと思います。芸術音楽の原点にある民族それぞれの生活に欠かせない音楽を知ることによって、作品のなかの音をより深く理解する、というアプローチは私にとって自然なことで、とても面白い作業です。
これからも演奏会を計画する際にも、練習でも、本番でも、常に新たな発見があり理解が深まっていくだろうと思います。

もしよろしければぜひお越しください!

2016年1月23日(土)15時開演(14:45開場)
場所 エナスタジオ(東京都渋谷区恵比寿西2丁目17−12 エナ代官山 地下1階
プログラム
J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第1番ト長調BWV1007
クルターク・ジェルジュ:「信仰」(1998) 、「ジョン・ケージへの献辞〜ためらいがちな言葉」(1987/91) 、「ピリンスキー・ヤーノシュ:ジェラール・ド・ネルヴァル」(1984) 、「民謡風に」
リゲティ・ジェルジュ:無伴奏チェロソナタ(1948/53)
近藤浩平:「源流への旅」作品143-f(2014)
・・・ほか
料金 2000円[当日2500円]/中・高生1000円/小学生500円
予約・問合わせ MA企画 kikaku_ma☆yahoo.co.jp(☆を@に変えてください)
チラシはこちら20160123サンドイッチコンサート.pdf
ご挨拶文はこちら20160123サンドイッチご挨拶.pdf

💡作曲家の近藤浩平氏が関西よりお越しになり、曲のご紹介をしてくださる予定です。
🍸終演後に気軽な歓談の時を持ちたいと思います。お時間のある方は会場にお残りいただけましたら幸いです。

2015年10月05日

羊と馬


ガット弦と馬の尻尾の組み合わせは、コダーイにはぴったりだと思う。
無伴奏ソナタを練習するときに、スチール弦よりずっと気をつけなければならないのは、弓と弦のコンタクト。左手の難しさばかり気にかけていてもちっとも音にならない。おかげで、今回は左手の指と関係する筋肉が驚くほど痛まない。
羊の腸で弦を作る・・・大昔から人間は豚や牛や羊を食べてきた。頂いた肉以外の部分で楽器を作った。残酷とも野蛮とも言えるかもしれないが、良い悪いと簡単に片付けられないし、矛盾なのだと開き直ることもできない。
音を出したときに、羊や馬が野原を歩き回ったり駆け回ったりしていた記憶が蘇るといいな、と期待している。

2015年09月07日

ご挨拶:ガット弦で弾くJ.S.バッハとコダーイ

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コンサートで私が色々な作品やアイデアをお聴かせする様子が楽しい、とお客様がおっしゃってくださるのは、とても嬉しく有難いことです。それは、作曲家が残したものを大改造したり、奇抜なアイデアを提示する、という意味ではないと理解しています。作曲家、作品、音を、その時々の私がどう感じ、考え、弾いているか、楽しんでいるか、というところが伝わっていて、そして一緒に楽しんでくださっているのだと思います。

技巧的なソロ曲が得意なわけでもなく、なんでもいつでも弾けるわけでもない私が、ソロリサイタルや自主企画コンサートを続けるのは、こんな理由がひとつ。そして次の理由もまたひとつ、です。

音楽だけではなく、芸術全般、あらゆることに同じだと思いますが、人から教わったことが自分の体内に入り、頭で考え色々試した後に「自分のもの(言葉)」になったとき、やっと「自由」になります。
本来、物の存在は自由であるのだけれども、その姿を私自身の中で取り戻すために、何年もかかって楽器と向き合っています。
少しづつしがらみを取り除いていき、音そのものの存在となるのはいつだろう・・・

ピリオド奏法を学び始め、さらにバロックチェロで弾くようになって、J.S.バッハの無伴奏が書かれた頃のチェロはどんな存在だったのか、やっと目が開いてきたように感じます。「イタリア!イタリア!」コンサートで1600年代から1720、30年頃(ちょうどバッハが無伴奏チェロ組曲を書いた頃)の音楽を弾いて、いかにバッハが構築性のある新しい試みをしたか改めて気付きました。練習曲を除けば19世紀後半にもチェロの無伴奏作品は書かれていますが、やはりこの分野が豊かになってくるのは20世紀に入ってからです。

18、19世紀のチェロ演奏技術と楽器や弓の変遷は著しいものです。
バッハの時代にはハイポジションで弾くことはなかったし、親指のポジションはもってのほか。弓の形の変化に伴うボーイングの種類も相当変わりました。もちろん、技巧的な曲は昔からありました。一度にたくさんの音を弾く重音奏法や、速く弾くこと、ヴァイオリンのように弾くことを目指すような。

バッハは伝統的な前奏曲と舞曲のセットという様式を使い、それぞれの組曲が明確に違うアイデアで書いています。4つの弦しかなく、小回りの利かない大きさであるし、旋律に和声をつけようにも全て音を取ることは不可能。音形のなかに隠れた音や書かれていない音を探し出すことは謎解きのようです。彼は、単に演奏技術の向上という面でなく、音楽の内容の要求にどれだけチェロが答えられるかというところに面白さを見出したように思います。

楽器の調整も時代によって変化します。どの時代に焦点を当てるかで、音楽の作り方も技術も変わってきてしまいます。
今回、バロックチェロを色々と調整し、だいぶ、楽器から教わることができるようになりました。

そして、20世紀初め。コダーイはチェロも弾きましたから、この楽器で限界ギリギリのことをやってみよう、と思ったはずです。左手も右手も、あらゆる奏法を駆使して、まるで何人かで弾いている室内楽のように音の広がりがあります。

ハンガリーに留学を決めた理由の一つが、ハンガリーの民族音楽に触れ、コダーイの無伴奏ソナタを身体でわかるようになりたい、ということでした。この曲を単に民族色のある超絶技巧作品だとは思えなかった、もっと深いところで音楽を理解したかったのです。レッスンでコダーイの何かの作品を持って行った時に、メズー先生は「バルトークは世界中の人が理解しやすいが、コダーイは、ハンガリーに住み、ハンガリー語を学び、空気に触れないと解らない」と仰いました。バルトークは民謡収集の範囲を、国内だけでなく隣国周辺国、トルコやアルジェリアまで拡げました。彼は頭脳明晰で、その活動は外国の人にも明解にアピールしています。コダーイはもう少し素朴で、音楽の世界が一人一人の心の内側に広がっていくところがあるように思います。彼は音楽院だけでなく、大学で言語や文学も学びました。言葉と密接な民謡が音楽と結びついたとも言えるでしょう。
でも、私はバルトークの音楽にあるリズムも喋り方も音色も、やはりハンガリー語を知らなければ理解できないと思います。彼らの次の世代のリゲティの音楽の中にも、民俗音楽や民謡の歌い回しを、血の熱さや人の温度や匂いを感じます。
先生のおっしゃる意味は無伴奏曲で特にそう思います。
一人で弾く無伴奏作品の緩徐楽章を弾いていると、心のひだどころか、内臓の裏側まで見せているように感じます。「私はハンガリーの血が流れた人間なのだ」と、愛に溢れた、熱く、解放されてまっすぐで素直な声が、心の底から吐き出しているかのように感じます。それは民族至上主義ではありません。土から生まれた、血の中に音やリズムを持つ、音楽を愛する人々の持つ誇りのようなもの。なにか温かく懐かしい記憶のようなもの。育った境遇がどうであっても。

2015年10月12日(月・祝)18時開演
ガット弦で弾く、J.S.バッハとコダーイ

@同仁キリスト教会

J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲 第2番 ニ短調、第3番 ハ長調
コダーイ:無伴奏チェロソナタ 作品8

お申込・お問合せ:アレグロミュージック電話 03-5216-7131(平日 10:00〜18:00)
チラシはこちら20151012チラシ表.pdf20151012チラシ裏.pdf

💡gut feeling!
〜よし、これでいこう!

バロック時代の大天才J.S.バッハをその頃のスタイルのチェロで、
20世紀初めのハンガリーのコダーイを現代のスタイルのチェロで、
両方の楽器にガット(羊の腸)弦を張って演奏します。
音楽という言葉の抑揚や陰影、音色の豊かさを無限に表現できるガット弦。
木の楽器がもっと生きたものになり、
人間が弾く意味がもっと深くなる…
近現代の、楽器と演奏技術の「発展」と「進歩」に貢献したエンドピンとスチール弦。
硬く、重い金属を取ってみたら、ずいぶん身体が楽になりました。
コダーイをガット弦で弾くのは今回が初めてになります。
時を遡るのではなく、それぞれの作品が今、新しく生まれる。
「腑(gut)に落ちる」音楽でありたいと思います。

よろしければ、ぜひお越しください。
会場でお会いできますのを楽しみにしております。
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