2017年10月02日

望めば実現できること

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いつか実現するだろうプラン。
作曲当時または作曲家が想定していたスタイルのピアノと、ベートーヴェンやブラームスやショパンのチェロとピアノの為のソナタを演奏する。その形でデュオを続けること。
ガット弦を張った弦楽器で弦楽四重奏をする。ハイドン、モーツァルト、ベートヴェンからロマン派、バルトークへ至るまでの作品を演奏する。
楽器を揃えればいいというだけではなく、もちろん。
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2017年09月16日

身体と魂。ミレーの晩鐘

「人は魂なしに生きることはできない。」ビンゲンの聖ヒルデガルトの言葉。(以下同様、『聖ヒルデガルトの病因と治療』(著ヒルデガルト・フォン・ビンゲン、編訳臼田夜半)より)
芸術は宗教や哲学と切り離すことができないように、人間の肉体と魂は一つである。
「身体が魂と分離している場所は一つもない。魂はその熱を持って身体全体を覆っている」
どんな優れた演説も説教も、熱がなければ。感動をもって言葉を発しなければ、言葉は立ち上がってこない。
一糸乱れない演奏、どんなに技巧が完璧であっても、熱いものが人間の内になければ、音は命を持たない。
「人の魂は自分や自分の身体に逆らうものを感じ取ると、心臓や肝臓、そして血管を収縮させる。」
もし今の状況が社会的に軌道に乗って、その業界においても誰もが認める地位にいたとしても、私の身体が逆らっているならば、熱は消えていく。
「この人間という(神が作った)作品は、魂抜きにはありえないものであり、もし魂がなければ、身体はその肉と血を持って動くこともないであろう。」
芸術からその国の歴史や宗教、その国の人々の生活、言語を抜いてしまったら、生きたものにはならない。立ち上がってこない。
そして、どんな理解も脳だけの仕事ではない。理解すべきは見えている言葉だけであろうか?
言葉を発する前に、なにか音、波動を感じる。言葉に熱があり、感動を持って発しているときに、聴き手の心に直接訴える。
同じように、音を奏でるとは音符が見えることだろうか?
それぞれの時代の奏法、正しい方法など、頭で理解しなければならないことは多く、勉強に終わりはない。が、最も芸術において大事なものは魂ではないだろうか。

素直に感動し、内から湧き上がる熱いもの感じ、ありのままに身体と心が動く。そして人やその仕事に共鳴する。
ミレーの「晩鐘」のような姿。
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2017年09月04日

こんな楽器も

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1728年に書かれた「The Begger's Opera(乞食オペラ)」の上演の様子。
丸い球体がついている、このモノコルドの楽器、ドイツ語の文章の中にSchweinsgeigeとある。豚?
Bumbassともいう、bladder fiddle、つまり、丸いのは豚の膀胱。 ラグビーボールも元は豚の膀胱。だからあんな楕円形なんだ。
何でも身近にある植物や動物を使って作っていた。楽器も同じ。弦には羊や牛の腸を、皮は太鼓に貼り、爪も鳴らす楽器になった。肉は食べて、残った部分は楽器や道具として、命を全ていただいた。
何百年前の木とガット弦、馬のしっぽの毛。音楽に生命が流れる。
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2017年09月03日

平和のうた

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自由な精神でいること。心を解き放って音楽をすること。
それが平和を作る存在であることだ。

世界の様々な言語を使えて、それぞれの民族の芸術や文化に触れられて、享受でき、楽しめるのは、人間の内面の自由があるから。
平和でなければ自由な創造活動はできないが、どこの場所、どの宗教において「ここは真の平和ではない」と限定するのではなく、まず自らの精神が自由であることから始める。

孔雀は飛んだ。それで人々が解放されるかは分からない。それでも、まず飛ぶ。
自然は目覚める。人々はすべきことがたくさんある。すべてのものが自由を、平和を待ち望む。
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2017年08月21日

8月27日(日)16:30 チェロとリードオルガンによる 夏の夕べのコンサート〜九州北部豪雨被災地支援のためのチャリティコンサート

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昔の野尻湖&黒姫ブーム?は過ぎ去ったかもしれないけれど、信濃町には小林一茶やナウマン象だけでなく、いろいろな宝があるんですよ!町の農家や商売、職人の人々の暮らしは、国際村で休暇を過ごすコミュニティや、ルバーブを広めたカナダから来た宣教師・・・など海外からの人々と切っても切れない繋がりがあります。
山や湖、高原でのスポーツ、癒し。
道の駅の展望館は品揃えもいいし、採れたて野菜を豊富に使った食事も美味しい。こんな道の駅は全国でも珍しいのでは?!職員も若い人が増えて、「どんどん良くしていこう!変えていこう!」と、なにやら素敵なアイデアを出し合っているようです。
そして、災害ボランティアのエキスパート吉村誠司さんはここから全国各地に駆け回っておられます。日本は水が豊富で自然に恵まれていますから、自然災害は免れません。この蒸し暑い季節に重い土砂と格闘し、多くのボランティアを取りまとめ、あちこちの被災地を車で移動し、各地で報告会講演会・・・こんなことは誰にでも出来ることではありません。私が吉村氏を知ったのは2011年の東日本大震災の被災地支援からですが、そのとき以来活動を応援してきました。
吉村氏の活動はこちらからご覧いただけます。
吉村誠司の地球日記 https://williamseiji.wordpress.com/
吉村氏のFacebook https://www.facebook.com/seiji.yoshimura.73

信濃町近辺で採れた果物を使ったジャムを作るぼーしやジャム工房、私の大好きな自由人のジャム屋さんです。日本酒もワインもセンスよい品揃え、行けば一通り町の情報を教えてくれ、的確なアドバイスもくださる黒姫駅前の萬屋さん。
町の素敵な方々のご協力をいただいて、今回のコンサートを開催いたします。
信濃村教会は夏にはたくさんの人々が礼拝に訪れます。地元住民と話をすると、教会に行ってみたいという人がいます。「ヴォーリズの建築を訪ねよう!」というツアーでも作って教会を紹介したらいいのに。
このコンサートもこんな宝の一部をみなさんにお知らせするのに少しは役にたつのではないかな、と思っておりますが!

2017年8月27日(日)16:30(16:00開場)
チェロとリードオルガンによる 夏の夕べのコンサート〜九州北部豪雨被災地支援のためのチャリティコンサート
会場:日本キリスト教団 信濃村教会(長野県上水内郡信濃町柏原369−2)
料金:一般2500円、中学生以下1000円 *コンサートの収益は災害救援NGO《ヒューマンシールド神戸》を通じて九州北部豪雨被災地の復興支援のために使われます
主催・予約・問合:チャリティコンサート事務局 ☎︎03−6317−8916(ベアータ)
チケット取扱:日本キリスト教団 信濃村教会 ☎︎026−255−2075
💡MA企画でもチケットお取り扱いいたします📩 kikaku_ma@yahoo.co.jp
協力:日本キリスト教団 信濃村教会、ヒューマンシールド神戸、ぼーしやジャム工房、(有)萬屋酒店
💡チラシはこちら 表.pdf裏.pdf
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2017年08月04日

続・宇宙から来たんだ

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人は生まれながらにして平等。
それぞれの人がそれぞれの才能を持って生まれてくる。

イエス・キリストも生まれた時にはみんなと同じ子どもだった。人間として生まれてきた、という意味で、イエス。だから、特別の才能を認めない、つまり「平等」でなければならない、というのであれば否。
特別の賜物を持って地球上にやってきたから、羊飼いたちも、遠くの学者たちも気がついたんじゃないか。権力者たちが恐れたのではないか。
モーツァルトがみんなと同じ子ども?特別の賜物を持って18世紀半ばに地球に現れ、愛のあふれる音楽を振り撒いて、時代を超えて多くの人に愛を与えている音楽家が?
目に見えない賜物を生かし、育て、学ぶことで目に見えるものになり、多くの人々を幸せにする。始めに無だったのではなく、それらはもともと「あった」のだ。宇宙から来た。
だから、全身で望み、全身で祈れば、「宇宙のすべてが協力して、それを実現するために助けてくれる」のだろう。

人間は科学の発達によって「神の領域に近づいた」という言葉を聞く。
なんでもできるのが神様、と考えているのだろう。科学の進歩によって自然現象をコントロールし、人の考えていることを読み取ることができる技術を開発して「人間の幸せ」に貢献する、と。

信仰を持つ人でも、目に見えるものにしなければ理解しようとしない人もいる。目に見えないと信じられないし、目に見えても見ることができない。聞こえないものを聴かないし、聞こえるものも聴くことができない。

宗教も音楽も「魂」のレベルにあるものだと思う。
音楽は、あらゆる土地の人間が根源的に持っている「大いなる力」や宗教と無関係でいられないし、取り除くこともできない。
神事に音楽はつきものなのは、言葉を通らなくても音そのもので魂に達することができる、と太古の人々は感じて確信していたからだろう。音が奏でられることで宇宙とつながる。そして、そのような「音」を出すことができる特別な人間がいることも。
だから音楽は魂の癒しなのだ。


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2017年07月31日

宇宙から来たんだ

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天才は、この地球上で仮に人間の姿をしている存在で、宇宙から来た人、宇宙の人。もちろん地球は宇宙のなかにあるけど。
あるところの5歳の男の子が言った。
「僕は宇宙にいたんだ。」ママのお腹にいる前ってことだね。
「宇宙には長い鉄道が走ってる。いろんな星に停まるんだ。でも地球には停まらないの。」
どうして?
「地球には戦争があるでしょ。」

言葉がうまくしゃべれないと存在を無視したり、うまく手足を使えないと一緒に行動しなかったり、誰かが決めた枠やジャンルに嵌らないと拒否したり。そんな大人が教えなくたって、宇宙からの子たちは初めっから解っている。ただ、まだ人間の形になってから間もないから、人間の言葉や方法でうまく伝えられないだけ。
たくさん伝えたいことあるのに、表出しても理解されない。一つのことはものすごく集中してよく出来るのに、他はうまくいかない。同じ言語を使っても言葉の意味が通じあえない・・・

ひとりひとりには霊性があって、目に見えない、説明できないことばかり。これを勉強したら何になれる、何年やったらこれができる、このステップの次はこれ、という方程式が当たり前になっている頭には不思議とか偶然としか思えないかもしれない。誰かが国を治めて、「悪い人」もいる社会を「安全」に動かしていくために、人間という本来霊的な生き物は、お互いを何度でも殺すことができる道具まで作って、住んでいる星を汚して、自分自身を生かすことが出来なくなり、不可能なことが多くなった。
もう一度思い出そう。
言葉で発してないのに、人の心に確かに何か温かくて泣きたくなるようないいものが届いた経験。そういうことが私は出来るんだ。
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2017年07月20日

表現の自由

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レイチェル・ポッジャーが1990年代終わりに録音したJ.S.バッハの無伴奏ヴァイオリンを聴いて、「表現の自由」ということが頭に浮かんだ。自然体の演奏から、作品の魅力と音楽への親愛が素直に伝わってくる。こんなに有名な曲でも、まだこんな演奏ができるんだ、と新鮮に感じた。演奏家が音楽と向き合い感じたまま演奏する、これが自由に考えるということかと思った。同時に、図書館でたまたま見つけたCD、イタリアのアンドレア・バッケッティがファツィオーリのピアノで弾くバッハを聴いて、また感じた。勝手きままではなくて、ヨーロッパの人には「自由」は成長する段階で学び、思考され、身をもって体験し、根付いていくのではないかと思う。
最近、ラジオで美術における「表現の自由」についてどう思うか、と若い人に街でインタビューしているのを聞いた。危険な展示の仕方や身体の露出などについて、「規制をしたほうがいい」とか「自由は大事だけど・・・何でもやっていいというわけではない」というような何にでも使えそうな浅い一般論をコメントするのを聞き、自由の意味と言葉の使い方に違和感を抱いた。
展示に耐えうるまで熟考されていなかった場合、表現の自由とは別問題だ。
他方、束縛からの解放を意味するのではないか。または、反抗とか。もちろん、抗議の手段として、またはメッセージとして芸術作品を表すことはある。
ただ、奇抜なものが個性的で表現の自由に直結すると捉えるのは短絡的だと思う。

自由とは、物事の本質にそれぞれがまっすぐ向き合うことなんじゃないかな、と夫が言った。

人が言葉を大事に選んで使うとき、少しのニュアンスの違いを感じ取る。言葉の持つ意味を考える。何について書くか内容全体は、それぞれどこから見るかどこを切り取るか様々だ。音も然り。内面世界が一人一人あるのだから、おのずと表現が色々ある。
先生の考えや表現の仕方を(これが正しい答えだと言わないまでも)学び、まずそれができるようになってから、さあ、自由にやってごらん、卒業したから自分で考えて自分の表現をするんだ。
そうだろうか。できるだろうか?
この時代はこうだった、こうしなきゃいけない、という法則や決まりごとは勉強するが、それを正しくできたら終わりではない。学生のときだけでなく、生涯にわたって考え方や様々な思考回路を学ぶが、その時々、答えは自分で出すものだ。完璧ということはない。毎回の演奏とは、これは自分の考えである、という表現であり、それに間違いはないと思う。どんなに若い時の演奏だって、そのときのありのままの姿であれば説得力がある。

もちろん、彼らは特別に才能豊かであるけれどもね。

レイチェル・ポッジャーの演奏を聴いて、私のバッハの原体験を思い出した。休日の朝、父親が好きなバッハのレコードをよくかけていた。それはカンタータだったり、もしかしたらチェロやヴァイオリンの無伴奏だったかもしれない。幼くて何も知識はなかったけれど、生き生きしたリズム感や音の運び、気持ちのいい、新鮮な(今思えば、私の精神が喜んでいる)音楽は、後々私の中に親密な音楽として残った。
ああ、これが好きだったんだ、と。
無伴奏の録音を控えて、こんなに自由な表現ができるんだ、とバッハを聴いて原点を思い出せたのは嬉しい。
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2017年07月19日

民謡

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詩は韻を踏んだ言葉の遊びでもあり、繰り返すうちに言葉のリズムに乗せて節をつけるようになったりして、民謡が作られていくのではないかと思う。
こちらはフィンランド民謡。

Minun kultani kaunis on, vaikk’ on kaitaluinen「僕の恋人はほっそりした体つきで綺麗だ・・・」J.シベリウスはこの曲をピアノで弾けるように編曲しているらしい。

F.ブゾーニがチェロとピアノのために書いた「フィンランド民謡による変奏曲 Kultaselle(愛する人)」の主題であるMinun kultani kaunis on, sen suu kuin auran kukka「僕の恋人は美しい、彼女の口はムギセンノウのようだ」という民謡は、J.シベリウスが編曲した6つのフィンランド民謡の第1曲にも収められている。
ムギセンノウ(アグロステンマ)aurankukka (corn cockle)はピンクの愛らしい花、
http://suomenniittysiemen.valmiskauppa.fi/aurankukka-agrostemma-githago-p-807.html
いつか弾きたい曲。
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2017年07月09日

高温多湿の悩み・・・

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梅雨、弦楽器には過酷な季節。特に、ガット弦への影響たるや・・・!
エアコンをかけっぱなしだと身体がしんどいし、除湿機では温度が上がってしまうし。乾燥していれば30度までは閉めっきりの部屋での練習も耐えられる。が、湿度がある日はどうにも耐えられない。自然の状態が一番、などと言っていられない。
日照りのあとの恵みの雨が降った佐渡、エアコンなしのコンサートは厳しかった。人がいっぱい(集まっていただいて本当にありがたいのだけれど!)の会場はどんどん温度も上昇する。人の熱気で湿度も上がる・・・。湿気を吸ってガット弦はどんどん伸びていく。
東京に帰って楽器を乾燥させたら、弦が切れた。もう一度結び直して張ったら翌日また切れた。また切れた。結局、これでは録音に耐えられる音響ではないので新品に交換する羽目に。ああ、まだ新しい弦だったのに・・・あああ。

現代の洗練された調整の楽器にガット弦を張って使う魅力。その音質はスチールにはないもので、人間の肉声のようであり、表情も温度感もある素晴らしい。二度とスチールには戻れない、と思わせる。
しかし、高温多湿の気候では扱いにくい。
他に定収入がある趣味の演奏家が使うものなのかもしれない。プロならあと2桁収入が多く無いと扱えない、とぼやいてみたり・・・。もう逃れられない私。泣きたくなる。

電気がないと音楽活動もできない。
オーガニックなんて言ってられないじゃん(泣)
天気の都合に合わせて音楽活動をするとか。
どうしようねぇ・・・

湿度が高くて息苦しい。
九州の土砂に埋もれたところに猛暑と来る。どんなに辛いことでしょうか。



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2017年04月23日

『歌う若者たち』

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1937年に作曲されたゾルターン・コダーイの合唱曲『孔雀は飛んだ』は、「人の心を動揺させる」という理由で、当時の警察に度々演奏を禁止されたという。現代の人には、そんな刺激的な音楽だとはとても思えないだろう。時代はファシズムの波がヨーロッパ中を覆い始めていた頃、ハンガリーでもホルティ政権が非人道的な政策を強行していた。
古くはオスマントルコの支配下にあったマジャール(ハンガリー)人「鎖なき囚人」の自由を願って歌った民謡。それを19世紀の詩人アディ・エンドレが「孔雀が飛んでいる。多くの貧しき者、とらわれの身にある者たちを抑圧から自由にするために。われらは愚かでひとり残らず滅びるのか、それとも新たな人間に生まれ変わるのか」というような内容に長く作り変えた。

コダーイは1900年にブダペストに出て、大学の哲学科に籍を置き文学や語学も学ぶ傍ら、音楽アカデミーで音楽を勉強した。アカデミーの学生だったバルトークとは卒業後に知り合い、彼らはともに旧ハプスブルク帝国のハンガリー領のあちこちで民謡調査旅行をし、研究しながら彼らの音楽を創り上げていった。初めてジョイントコンサートをしたとき、彼らの「革新的な音楽」は当時の音楽界の保守的な人たちや音楽通からは冷たく迎えられ、大部分の批評家は非難された。もちろん、評価してくれた一部の批評家はいた。
ハプスブルクが崩壊し、第1次大戦が勃発、領土は変わり、社会情勢もめまぐるしく変わる。戦争のために国家財政は破綻、人々は疲弊し、挫折感を味わう。ヨーロッパの多くの人々の間に革命的機運が高まり、ハンガリーでも労働者階級が実権を握った。そんななかコダーイやバルトークは、幅広い教養によって形成された批評眼によって、狭い民族主義に陥ることなく民謡・民俗音楽研究を続けた。
第二次大戦が始まって自由な雰囲気がなくなるにつれ、ますます彼らに対する攻撃や圧力がかかる。政府の軍国主義的な政策に邪魔する恐れのある動きに敏感な当局によって、監視され警告を受けた。
彼らには『孔雀』の歌詞の意味が刺激的だったのだ。もちろん、コダーイは政権への抗議の意を込めて作曲した。
1943年44年にかけてペトゥーフィ・シャーンドルの詩を使って合唱曲「囚われの国の息子」「神の奇跡(まだ国があるのは神の奇跡だ)」などを立て続けに書く。ペトゥーフィは、ヨーロッパ中が革命で大荒れになっていた頃の、1848年のハンガリーの革命で指導的人物のひとりだった詩人。

作曲だけでなく、子どもたちの音楽教育にも情熱を傾けていたコダーイ。歌うことが音楽の基礎に、それだけでなく人間にとって大事だと考え、合唱を広める活動もした。その運動の中で1941年に雑誌『歌う若者たち』を創刊、「あらゆる差別を拒否する。音楽は万人のためのものでなければならない」と書いた。
無関心と誤った理解による古い訓練を続けることで、心と表現の自由に重しが置かれている。いつの時代でも、それを取り除こうと働きかけ、対話を重ねる人びとがいますように!

詩『孔雀は飛んだ』の朗読
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2017年04月20日

コダーイのJ.S.バッハ


コダーイは弦楽器のためにJ.S.バッハの鍵盤作品をいくつか編曲している。チェロとピアノ用に3つのコラール前奏曲と、平均律クラヴィーア第一巻からes/dis-moll(変ホ/嬰二短調)の前奏曲とフーガ。ブゾーニの編曲のようにモダン楽器で効果的に演奏するために書かれたものだけれども、バッハへの敬意と誠実さが伝わってくる。
コラール前奏曲の方は、オルガンのストップを考慮に入れてすべての音をピアノの和音にしているので、ピアニストは派手で硬くならないよう注意が必要で、少々バランスが難しい。チェロパートは奇をてらわず華やかさはなく、実直にコラールをシンプルに奏でる。さすがにチェロを熟知したコダーイ。この楽器の最も感動的な歌い方を生かしている。

それから独奏ヴィオラのために、なんと、あの有名な半音階的幻想曲。
いつかチェロで弾けるようにしたいものだけれど!

それにしても。
独りで己と向き合いたいときのバッハは、個人の心の深淵に入っていくようなバッハは鍵盤作品だと思う。
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2017年01月15日

ブラームスとヒンデミットのチェロとピアノのための音楽を、J.S.バッハの無伴奏組曲でサンドイッチ

2017年の初めに。世界の一人一人が平和で暖かな繋がりを持ち、豊かな一年となりますように。
今年もやります。バッハで近現代の音楽をサンドイッチ!

ブラームスの好んだピアノは、現代の金属製のフレームの入った重厚な低音と豊かな響きを持つ楽器ではなく、軽やかな音の木製のフォルテピアノでした。1800年半ば当時のピアノで音を出してみると、楽譜に書かれてある彼のアイデアが目の前に明解に形となって現れます。
例えば、ピアノとチェロのためのソナタe minorの出だしは、ピアノより1オクターヴ低い音域でチェロがテーマを弾きます。曲中でよく現れる単音で歌われるチェロの旋律に対し、裏拍を波のように打つ鼓動のようなピアノは、4声にとどまらず、いっぺんに7つも8つも和音が鳴ります。現代ピアノはすべての音が均等に音が整音されて、どの音域を弾いてもよく鳴るので、この曲を現代のピアノで真面目に弾こうとすると、チェロを圧倒してしまいます。しかし、当時のピアノは音域によって音質が変わり、ボリュームより音色が特色として出るので、チェロも含めてそれぞれの性格が明確になります。チェロの低音の方が存在感があり、ピアノの和音は空間にキラキラと広がっていきます。ベートーヴェンやブラームスのように、それぞれの楽器が対等に扱われ、各声部が独立したソナタでは、このようにバランスがとれると演奏者も聴き手も幸せでしょう。
今回はその音のイメージを持って、当時の演奏法も考慮に入れつつ工夫してブラームスに取り組んでいます。
このソナタの第3楽章は、バッハの「フーガの技法」のコントラプンクトゥス13のインヴェルススからテーマをとっているフーガです。このフーガもピアノとチェロで演奏します。

ヒンデミットの音楽は意外と思われるかもしれませんが、一度に鳴るピアノの音が少ないので、現代ピアノでもチェロと弾いてもすっきりとしています。彼は、中世やバロックなど古い音楽を研究した時期があり、ヴィオラ・ダ・モーレのために作曲もするほどでした。古いものからの学びを踏まえて、現代のピアノを念頭に置いて作曲したため、チェロとピアノの室内楽でもバランスが自然に取れているのでしょう。
変奏曲は、「求婚に出かけた蛙」という題名の古いイギリスの童謡を題材にしており、元になる詩は1548年にスコットランドで出版された詩集に収められています。蛙がネズミのお嬢さんに求婚し、ネズミの伯父さんの許しを得て結婚パーティが開かれる。虫や動物が現れ、最後に出てきた雄猫がネズミをぱっくり。残った蛙は池に飛び込み、蛇にパクリ。13から成る詩の内容を音楽に表現した、物語風のユニークな作品です。

それぞれの曲の内容をみるときに、作曲家の生きた時代背景から一歩踏み込んで、実際に彼らが馴染んでいた楽器や演奏法を知ることで、今の私たちがより作曲家に近づくことができます。そこから自分の身体を通し、イメージを豊かに膨らませることで、音楽が生き生きと姿を現わすのです。

低音から高音まで均一にバランスが完璧に取れたスタインウェイではなく、音域によって多少の違いがあるベーゼンドルファーのピアノ、そしてチェロはいつものようにバロックとモダンの様式の楽器を2台使います。
正しい答えはない音楽。毎回のコンサートが試す場のようになっています。
今回はこのような視点から楽しんでいただけましたら幸いです。

1月29日(日)15時開演(14:45開場)
チェロとピアノ〜誕生月に感謝をこめて、サンドイッチコンサート
ピアノ:渡辺晴子
於 エナスタジオ(代官山)
ベーゼンドルファーと弾く、ブラームスとヒンデミットのチェロとピアノのための音楽を、J.S.バッハの無伴奏組曲でサンドイッチ

[曲目]
J.S.バッハ:『フーガの技法』より コントラプンクトゥス1
J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲 第2番 ニ短調 BWV1008
ヒンデミット:「求婚に出かけた蛙」古いイギリスの童謡による変奏曲 (1941)
フーガの技法より 3声のコントラプンクトゥス13 インヴェルスス
ブラームス:ピアノとチェロのためのソナタ第1番 ホ短調 op.38
☆終演後、お時間おありの方は歓談のひとときをお楽しみください。
[料金]一般3500円/高・大生2000円/小・中生1000円◆完売御礼◆おかげさまで本公演は満席となりました
[予約・問合せ]MA企画 kikaku_ma☆yahoo.co.jp(☆を@に直してください)
[電話予約・当日連絡先]BEATA(ベアータ)☎03−6317−8916
💡チラシはこちらからご覧ください20170129サンドイッチコンサート.pdf
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2016年12月25日

題名と説明がアート!?

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現代美術の展覧会からは、プロデュースやプログラムの組み方、見せ方など、コンサートの制作において学ぶことが多い。
もし、匿名の無数の死を、その記憶を芸術で表現するならば、静かな風景をスクリーンで映し出すのではなく、実際に自然の中で同じことをやり続けてはどうだろうか。本当の静けさの中で、風に揺られて風鈴の音が聞こえるとき、人それぞれの音が聴こえてくるはずだ。聴覚と視覚以外の、感覚が呼び覚まされたときに、作者が表現したいことが現れてくるのではないだろうか。
映像にしたとしても、ほとんど誰も訪れることのない土地を選ぶのならば、具体的に、放射能で汚染されて人が訪れることのないような地で、「小さな魂」たちの声を鳴らしてみてはどうだろうか。
題名と説明と宣伝の仕方が「アート」か、と拍子抜け。
記憶をテーマにしているクルタークの音楽の、その楽譜のたった一段の方が、想像の世界に誘ってくれる。私の持つたくさんの感覚が喜ぶ!
そんなテーマを表現するには、静けさが必要だ。
接した人が、無言の「なにか」を得て、たくさんの言葉を生み出す。作品そのものが発しなければ。

2016年はクルタークの「しるし、遊び、伝言」のうち、金属製弱音器を使用する曲を除いて、全て演奏することができた。これからバッハとの組み合わせ他、面白いプログラム&プロジェクトを考えていきたい。
重い弱音器(消音器)をつけたあとは楽器が鳴らなくなるので、なるべく使いたくないのだけれど・・・あと2曲、なんとかやってみるかなぁ。
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2016年11月08日

リラックスしたシューベルト

Arpeggione Sonata by Schubert
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スチール弦を張ってこの曲を弾いていた時、苦労がなかなか実らない曲だった(笑)ので、しばらく遠ざかっていた。正直、練習していると音色に飽きてしまうし、大きな現代ピアノの響きに飲まれないように立派な音を出すのに疲れてしまっていた。
今月23日のコンサートでは、ガット弦にしてから初めてのアルペッジョーネを弾く。エンドピンも外して弾く。今、シューベルトの自筆譜(ファクシミリ版が出版されている)を見ながら弾いていると、たくさんの可能性を見逃していたなぁ、と思う。
たぶん、ブラームスでも同じこと。1月に久しぶりに弾くのが楽しみだ。

シューベルトがこのソナタを書いたのは、1823年ごろ同じウィーンでアルペッジョーネが製作された直後だった。この楽器は6弦を持ち、ギターと同じ調弦(低い方からE-A-d-g-h-e1)、ギターやヴィオラ・ダ・ガンバのようにフレットがあり、チェロより小さめで膝の間に挟んで弾く。胴体のくびれはヴァイオリン属のようではなく、ギターのようにひょうたん型の曲線。弓ギター、ギター・チェロなどの呼び名もある。
10年ほどで廃れてしまったが、現在復元されたものを演奏している人もいる。この楽器を見て、音を聴くと、チェロが大きな音で朗々と歌う曲ではないことは明白だ。
Bylsmaの風通しのいい軽やかなチェロピッコロと、Immerseelの滑らかなバスライン(バスを歩みを誘ってくれる!)を持ち味わいのあるフォルテピアノによる軽やかな演奏!力の抜けた、普段の語りが聞こえてくるような、そしてシューベルトの生きていた時の香りがするような。こんな3拍子の取り方があったのか!時の流れが止まったり、スイスイと動いたり。インマゼール氏の演奏は、ただ下降するバスや連打、カデンツァで、リズムの取り方で、ああシューベルトだ、と感じる。生演奏を聴いたとき、有名な連弾のファンタジーのテーマで涙した。一音の後ろにとてつもなく大きな世界がある。聴いた後の後味がいい。懐かしい雰囲気、残り香のようなものがずっと残るのだ。このデュオ、生で聴けたらなぁ!

シューベルトの、メランコリックで心の痛み苦しみから生まれた作品は、己と向き合う音楽。表舞台とは別に居場所があるかもしれない。
こういうことをやっていると、何が正しいなんて考えなくていい。先生に教えられた音は自分の身体から出る音だろうか?
弾いている私を癒してくれる音は、聴く人をも幸せにしないだろうか。私がその音楽に共振しているときに、感動があり、おのずと私がそこにある。うまく弾こう、とか考えずに、人と比較したり争ったりせずに、素晴らしい芸術を味わえるなんて、平和だ。
現実の世界はなかなか戦争がなくならなくて、平和を作ることはとても難しいけれど、楽器を持って音楽をすれば平和を作ることは簡単だ!

L'archibudelliの演奏するシューベルトのEs-Durの弦楽四重奏を久しぶりに聴き、視野が広がるような、頭の中が晴れるような気持ち。認められようと気後れし、一方で頑なで、藁をも掴む思いで弾いていた頃は、全く平和な音楽をしていなかったのだと、聴こえなかったものが聴こえた。自分の人生に投げやりな気持ちだと、弓を弦に当てるのも愛がなく雑になってしまうのだ。
もっと早く気がついていればなぁ・・・!
力の抜けた音楽が、リラックスしたシューベルトが弾きたかったんだ。
posted by makkida at 17:14| あんなこと こんなこと | 更新情報をチェックする

2016年09月22日

森へ行くんだ!


このライヴ録音はゾクゾクする瞬間が満載だ!
シューマンの歌曲(リート)、ケルナーの詩による歌曲集と作品39のリーダークライス。

リートは、ソリストの声が美しければいいのではなく、もちろん最も大事なのは言葉であるが、重要なのはピアニストなのだ。専門のピアニストがいてもおかしくないくらい、詩や音楽の理解が必要なのだ。音楽と対等な詩を生き生きさせ、歌を消さず邪魔せず、引き立たせる抜群のバランスを取っていく。何しろ、音が多いのはピアノパートなのだから、音楽のイメージや響き全体を掴んでいなければならない。そして歌に心を寄せ、息のあったアンサンブルを作り上げる。アンサンブルの醍醐味!
日本では長く、「ソリストになれなかった人が弦楽四重奏や二重奏(弦楽器とピアノなど)をする」という、勘違いも甚だしい認識があったようだ。残念ながら今でも、音楽は旋律パートを持っている人がエライ、というような聴き方が多い。旋律は和声や、性格を持った伴奏形、対旋律などがあってこそ魅力あるものになる。一番に聞こえてくるのは氷山の一角でしかなく、その下に何十倍もの養分と可能性がある。それがあってこそ有機的なもの、音楽になるのだ。
そもそも、昔からヨーロッパでは家庭内や親しい友人が集まって室内楽を楽しむ人が多い。小さい頃から、楽器を始めたらすぐに他の人とアンサンブルをするという。室内楽の名手は尊敬される存在だ。名サポート役や真の音楽家の集まりが、天才たちの作品の本質に近づき、開花させて、人々を幸せにしてくれるのだ!
同じ作品でも、共演者が違えば、別の捉え方があり、響きも解釈も変わる。だから、共演者を選ぶのは難しい・・・。
音楽の素晴らしさのもとに、個々人の考えや思いや持ち味を尊重しあい、強調するが主体性を失わず、そうして生まれる調和は、1たす1は2なんかでなく、無限大になる筈なのだ!

修士論文に取り組んでいた頃、よく聴いていたのがケルナーの詩による作品35の歌曲だった。この録音ではなかったけど。
Wanderungを定番の「さすらい」と訳してしまうことによって、ああ、もう森を歩き回ってくる!!という気分からは感じが違ってくる。あの人とは縁が切れ、人間とは絆を感じられないけど、街から離れたここまで来たら、木や鳥もいるし、大地や天は僕にとても近くて、心のなかで一体なのだ!
これは単にロマンティークな詩の世界なだけでなく、「私は宇宙の中にあり、宇宙は私の中にある。宇宙と私は一体」というもっと根元的なところから来ているんじゃないか。
だから、この「さあ元気よく見知らぬ世界へ行こう!」の感覚は、私たちの身近な感覚なのではないだろうか。もっとも、ドイツ人が森を歩き回りたくなる気分、ということだけれども。
posted by makkida at 22:34| あんなこと こんなこと | 更新情報をチェックする

2016年09月21日

自筆譜が伝えてくれること

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知る人ならば見ればすぐわかる、フランツ・シューベルトの自筆譜(もちろんコピーです)。手書きの譜面から伝わるものはなんと多いのだろう!音だけではなく、力、想い、精神の状態など、すべてを含む音楽、その人そのものだ。
特徴のある、そう、あのアクセント記号。
流れるようで、力があって、歌を感じる、詩のようだ。内なる音楽がこんこんと湧いてくる。それを書き留めておかなくては!筆の運びが見えるよう。ペン先の音が聞こえるよう・・・。
これらを見て聴こえてくる音楽。
ああ、なんて素晴らしい時間!
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こちらは、見えますか、アルペッジョーネ。
posted by makkida at 11:17| あんなこと こんなこと | 更新情報をチェックする

2016年09月11日

初めになにがある?

初めに言葉がある。言葉とは?
アイデア、イメージがある。
幻視、幻聴かもしれない・・・。
音楽作品を音にするとき、初めから音楽がある。まず音符を正確に弾けるようになってから音楽にするのではなく、楽譜を読んだとき、すでに音楽が始まっている。それが明確であろうと、ぼんやりであろうと、イメージがあるから形にしていける。作品から読み取れることを、楽器を通して音にするとき、基礎練習ができてから、音楽をするのではない。「私」が弾く音楽は「私」しかできない音楽になる・・・残念ながら「私」はどこまでもついてくる。なぜなら、「私」が何をどう考え、生きているか、そのものだから。
リズムも。
音色や音の種類を含めた音程も。
フィンガリング(左の指使い)を決めるのも、ボーイング(弓使い)を決めるのも。
体の動かし方も。
当然、弾けるようになるには時間がかかる。だから、完璧、なんてない。見える理想像はどんどん遠ざかる・・・。
初めから音楽なのだ。
posted by makkida at 22:16| あんなこと こんなこと | 更新情報をチェックする

2016年09月06日

ハスキルが弾くヒンデミット


同じ年(1895年)に生まれ、ほとんど同じ長さの生涯を生きた二人。ハスキルはルーマニア生まれのユダヤ人、第二次大戦中はどんなにか苦労したことだろう。かたやヒンデミットはナチス政権に睨まれ、ドイツにいられなくなりスイスに逃げ、そのあと40年にアメリカへ渡った。入れ違うようにしてフランスからスイスに逃げたハスキルだった。
この天才は難病でピアノが弾けない時期もあったというが、1920年頃はパリでカザルスやエネスコたち大演奏家と共演し、あらゆる音楽家の注目を集めていたにちがいない。彼女の写真を見ると、華やかさよりもむしろ、真面目で内向的で、不器用な印象も受ける。モーツァルト弾きとして有名すぎるほどだが、ヒンデミットの「四つの気質」を聴いて、目ならぬ耳からウロコが落ちるくらい、でもとても新鮮な驚きだった。
作曲家自身が指揮をした1957年のライヴ録音。
その空間には音楽が密になっており、空気に手を触れると力強く軽やかに、ほどよく律動する。弦楽器も情熱がほとばしる。
ピアノソロと心を寄せるようなアンサンブル。
軽快なタッチ、聡明で、心は熱く、積極的でインスピレーションに溢れた音楽。空を駆けていくように爽やかでありながら、音が鳴るその瞬間を確かにつかんで見つめている冷静さを感じる。
共演しているこの二人が同い年だとは。なんという出会い、なんて時代だ!
posted by makkida at 21:17| あんなこと こんなこと | 更新情報をチェックする

2016年08月31日

鉄道の旅

「旅をしない人間は(少なくとも芸術や学問にたずさわる者は)みじめな人間です!・・・卓越した才能の人間はいつも同じ場所に留まっていては、だめになります。」W.A.モーツァルト(1778年)

旧国鉄の発券に使われていたマルスシステムの「パタパタ」、金属のページ面がめくれるようになっていて目的地にピンを差し込んで入力する機械は(私はあまり覚えていないが)、なんと2002年9月末まで使われていたらしい。今の汎用性キーボードでなく、ひとつひとつ専用のキーを使う機械。高いお金をかけて開発したので使い続けていたのだろう。
さて、私はちょうどその頃ヨーロッパから帰国したわけだが、ハンガリーでは当時、国鉄MÁVのチケットオフィスで買うと、なんと手書きの、薄い紙が束になった切符を渡されるのであった。一時間で用が済めば、まぁ、ついている日。気長に順番を待つ。銀行でも滞在許可のための警察などでもどこでもそうだったが、今日は時間がかかるぞ、と腹も立てず、まあそんなもんだと思っていた。
その当時、パソコンなんてものを持っていなかった私。街のインターネットカフェかコンピュータがたくさん並んでいる店(なんていうの?)には、たまに行っていたが、ナン十分でいくら支払うシステムでは落ち着いて調べ物できず、たまに来るかもしれないメールをチェックするくらいだった。今では、路線検索をコンピュータで瞬時にできるし、他の国の鉄道も調べられる。あの当時もできたんだろうけど!!!
私は紙が好きなので、留学前からヨーロッパへ行くたびにトーマスクックの時刻表を持って行き、国を超えて乗り継ぎを自分で調べて旅行していた。ハンガリーにいる頃も同様。時刻表のあっちのページ、こっちのページ行き来しながら印をつけ、乗り換えが間に合うように長距離列車を調べ、路線をメモし、MÁVのチケットオフィス(Andrássy útにあったと記憶違いをしていた)に出かけ、かろうじて買い物できる程度のハンガリー語でチケットを買っていた。国を超え、列車を乗り換えるたびに一枚ずつ紙が増えていく切符。全部、目の前の職員が地名を手で書いていく。取っておけばよかった。
国際列車はもちろん当時も高かったけれど、日本を往復する飛行機運賃(チェロの分も含めて)を考えれば・・・!それに長い夏休み、せっかく陸続きのヨーロッパであちこち行けるのだ。憧れのイタリアへ二週間滞在し、そのあと、きらめく地中海を通りながら南仏へ移動、なんて、距離を身体で感じられるのは鉄道の旅の素晴らしいところだろう。ブダペストからイタリアへ行く時にウィーンの乗り換えで、着いた駅とイタリア行きの駅(南駅だかどこだか忘れたが)違うのだが、列車が遅れて路面電車に乗って移動していては間に合わない、タクシーを捕まえて飛ばしてもらい、発車ギリギリに列車の一番後ろに飛び乗ったこともあった。
お供はチェロで、いつも気が張っていたけれど。今のような軽量ケースでなく、8キロある木の旧西ドイツ製の棺おけ型チェロケースに、大きなリュックサックを背負って(スーツケースなんて学生の持つものじゃない、とか勝手に思っていた)。
チェロ付き一人旅でなければ、コンパートメントで座席に横になって夜を過ごすことも。
そういえば、ブダペストからウィーン行きの列車の中で年越しをしたこともあった。女性の車掌さんが小さな花火を手に持って「ハッピーニューイヤー!」と言って歩き回っていた。
時間の余裕も、気持ちの余裕も、体力もあったのだなあ・・・
posted by makkida at 22:59| あんなこと こんなこと | 更新情報をチェックする
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