
エンドピンを使わずに楽器を抱える奏法について、最近考え直しています。
ヴィオール(ヴィオラ ・ダ・ガンバ)と違って、チェロは弓を持つ右手の重さを使ったり、発音を明確にする傾向があります(残響の長い建物ではない演奏会場において特に)。楽器の構造上、ヴィオールは楽器そのもの(弦)がよく共鳴し、チェロの方が一つの音が独立しています。もちろん、どちらかが全く無い、という話ではありません。弓の圧力の強さよりも使う量(長さ)で表現する方が楽器が無理なく響くのは、チェロでもガット弦を張る場合、特にバロックチェロでも同じですし、スチール弦を張ったチェロでも倍音(楽器の響き)を使って音程を取ったり、和音や旋律を演奏する発想は無くてはならないものです。それに、弓の毛の吸い付き方は表現の一つですから、腕の重さを利用することは必要。
抱え方によっては、長く演奏し続けると、右足の親指や小指の付け根、または足首に負担がかかってきます。
チェロは大きな楽器ですから、長く弾き続けるために身体の使い方を自分で観察し、折々に無理のない姿勢を見つけることが必要になります。
人間はとかく痛みを我慢する生き物ですが、細々と生きながらえるには、痛い、と感じたら、そこから逃げる、避ける、ことは大切でしょうね。
人それぞれ体格や柔軟性、力の強さは違いますし、耳の聴こえ方も影響するものだと思います。
当時の演奏家たちはどのように楽器を抱えていたのだろう。
このサイズのチェロは独奏楽器ではなく、通奏低音楽器として床に置いて弾くことが多かったのではないか。文献でよく見る「小さなサイズのチェロ」とはどのくらいの大きさ?
17世紀18世紀の演奏法には、当時の楽譜をどう音にするかのみならず、姿勢や楽器の構え方、手指の形、伴奏法など詳しく書かれています。
チェロ奏法は1741年のミシェル・コレットのものが古いですが、ヴィオールに関しては1687年にジャン・ルソーが詳しいヴィオール奏法を、そして1686年に出版されたマレのヴィオール曲集第1巻の序文にも演奏法が少し書かれています。
現代チェロの技術の元となる演奏法は、1800年ごろジャン・ルイ・デュポールによる「チェロの運指および運弓に関する試論」があります。1800年代以降のエチュード(練習曲集)は、作曲当時の演奏様式や奏法抜きにしては意味がないのではないかと考えます。
エンドピンありの奏法でも椅子の座り方、特に姿勢を固定して弾くことによる腰痛、肩や手の痛みは多くの人が抱えているでしょう。
過去も現代も多くの悩みがあるからこそ、演奏法が残されているのかもしれません。過去のチェリストの残した記述から学ぶことはありますね。
現代人は様々な時代の曲を演奏するので、過去の奏法をそのまま当てはめることはできません。ただ、人間が考えたり感じたりすることはそれほど変わらないので、必要なときに度々読み返して、大いに参考にすべきと思います。
今、チェロを習い始める人にも、初心者を教える先生にも助けになるでしょう。

そして。
翻訳本は翻訳者の専門性や理解度が影響するので、なるべく原語を読むのがいいけれど、語学力(何百年も前の本!)に自信がないので、やはり信頼おける学者や研究者の翻訳を心待ちにしてます!


