2021年07月12日

湿度と自然素材の楽器

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天気はどうにもならない。晴れ女なんて言っても、雨が降るときには降る。誰のせいでもない。
弦楽器奏者の悩みの一つは、湿度。
高気密で24時間湿度管理できる家でもない限り、いくら除湿機フル稼働しても、外気が連日80%以上(ほとんど90%)の地域に住んでいたら楽器は湿気を吸い込んでしまう。梅雨(高湿の夏)に、一度湿気を含んでしまうと、一日二日湿度の低い場所に置いても、もう湿っぽさは抜けない。湿っぽい音になってしまう。
だから、太陽の力はすごい!高湿の夏を越して、太陽で乾燥し始めると、楽器も乾き始め、乾燥してよく鳴るようになる。人間の技術では、莫大なお金をかけないと無理。
特に、ガット弦!

弦楽器はこうやって何百年も、湿ったり乾いたり、世界各地で過ごしてきたのだ。自然の素材の対応力の素晴らしさ。人間が手をかけながら、弾き続ければ、いい楽器は長持ちする。
家電や車だって、何十年も前のように、コンピュータ制御でなく、壊れないように作っていれば、修理しながらずっと大切に使っていけると思う。
posted by makkida at 13:39| プレーンガット弦と楽器 | 更新情報をチェックする

2021年05月14日

ソルミゼーション から見えてきたこと〜楽器演奏における様々な音色

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5月ですでに夏日のよう。年間通して平均気温の上昇は気になります。あっという間に梅雨入りです。
こちらは季節が遅れて来ます。鳥たちが呼び交う声、柔らかな風。毎日、緑が増えていきます。

音程や音階の話は色々な観点から興味深い。
絶対音感がない人には自然なことですが、(楽譜がない場合)歌う時にはどの音高からでも歌えます。楽器の場合、移調して弾くことになります。その際、どこが全音でどこが半音か認識できていないといけないですよね。

中世から1600年代半ばまで、音楽家たちはut, re, mi, fa, sol, laの6音(ヘクサコード)の階名で歌う方法(ソルミゼーション)で楽譜を読んでいました。バロック時代の途中まではそれが一般的であり、音楽が複雑になってそのやり方では手に負えなくなってからも、ソルミゼーションを土台にした考え方は残っていました。
ut(ド)とre(レ)の間は全音、re(レ)とmi(ミ)の間は全音、mi(ミ)とfa(ファ)は半音です。その音程の関係をそのままで、C(ド)から始まるut-re-mi-fa、F(ファ)から始まるut-re-mi-fa、G(ソ)から始まるut-re-mi-fa、と移動ドの方法のように読み替えていきます。楽曲を読む時には色々な決まりがありますが、それは置いておいて。同じドーレーミーファという名前でも出てくる音は違う色合いを持っています。固い、柔らかい、中庸なドレミファがあった。
さて、読譜と歌唱だけでなく、楽器演奏とどう関わっているか気になるところです。

弦楽器ではイメージしやすい。
例えば5度調弦の時、一つの弦上で順番に指を並べて行くと全音と半音が出て来ますが、その指遣いをそのまま隣の弦に移すと、同じ指遣いで違う調性になります。出てきた音色も違いますね。弦を変えると色が変わる。
鍵盤楽器だと分かりにくいかもしれないけれど、弦楽器では音高で音色が変化するのは自然です。同じ弦上で弾くのか、移弦して弾くのか、それだけで違います。
鍵盤楽器では、現代の大きなピアノはどこを弾いても同じ音になるよう均一さが求められていますが、100年、200年、300年前に作られたものは、音域によって音色が変わる面白さがあります。

それから、ソルミゼーションで歌うことで、それぞれの人に音の性格の共通認識があった、ということ。現代譜にあるようにf、pや、言葉や速度を書かなくても、同じ地域の人々はわかっていたということ、これは重要なことです。現代の私たちがその当時の音楽を演奏するには、当時の「当たり前」を知らなければならない。作曲当時の視点で演奏する、ということは常に必要なことであり、モダンとバロックに差がないはずです。
バロック期の様式や習慣の影響は、歴史の延長線上の19世紀の音楽にも残っているでしょう。古典派、ロマン派の音楽のベースにバロック以前の音楽の理解がある。
各人が共通認識を持つことは、アンサンブルをする時に、より主体性のある、立体的で生きた音楽に結びつくのではないかと想像します。先生から教えられた通り、誰が弾いても同じ、クローンのような演奏をすることは全く意味がない。

現代譜は道路標識のように、f、p、速度、言葉、記号が書いてあります。随分と大雑把なわけです。音符とその記号を音にしたからといって、音楽的な演奏にならない。それで、共演者と打ち合わせる。ここを少し柔らかく、硬く弾こうとか、緩めようとか、フレーズの収め方をどうしようとか、毎回必要なわけです(言わなくてもわかる相手がいる、という話はまた別で)。または、そこに思い至らない場合、楽譜に書かれていることを正しく演奏することを目指して、大きな音で、誰より速く弾こう、など、人と競争する音楽になるのでは?

fやpは目安でしかなく、音の種類は、音の数だけある。オクターヴ上のドの音は同じではなく、色が違うのです。
楽譜に何も記号は書いていないけれど、出てくる音には、大きいか小さいか、弱いか強いか以外に、様々な性格や抑揚があるのです。凹凸があり、陰影、明暗の度合いが昔の絵画のように大きな対比を持っています。200〜300年前は、夜は今よりずっと暗闇だったでしょうし、ずっと静寂だったでしょう。
そして、倍音の多いガット弦を使うことで、様々な音色を持つ音楽が楽しめます。
posted by makkida at 15:36| プレーンガット弦と楽器 | 更新情報をチェックする

2021年01月02日

2021年、音楽は生きる希望

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雪の中から新年のご挨拶をいたします。
2020年は地球上のそれぞれの人にとって大変な一年でした。今この瞬間、寒さの中で暖かいものが食べられない人、暖かい場所にいられない人がいることを思います。今年は人々の分断や不安が少しでもなくなり、光の方へ向かいますように!
私たちは引越しでも仕事でも移住してからも多くの方々に助けられ、年を越せて、感謝でいっぱいです。

ここ野尻では、年末年始は雪が降り続いています。除雪車は早朝にやってきます。朝、雪かきに外へ出て、家の前の車道が除雪されていると、まるでクリスマスの朝にプレゼントを見つけたみたいな気持ちです(笑)
家の前から車道までの雪かき、駐車場の屋根の雪下ろしから1日が始まります。朝飯前、というのは結構たいへんな仕事ですね。。。
除雪してもどんどん降り積もりますが、放っておくと埋れてしまいますから、除雪は死活問題です!交渉の末、除雪車に来てもらえるようになって本当に有難いです。

大晦日はヨーロッパのクリスマスイヴのよう。東京ではあまり感じなかったけれど、信濃町ではそう感じました。都会と同じように29日から年末休みの店もあれば31日まで開いているスーパーあり(最近はスーパーで暮れに「第九」の音楽を流すんですかね?アレンジには苦笑・・・)、多くの人は正月の準備をする・・・にも関わらず。家路に急ぐ住民、家の中では暖かそうな火があり、外は雪が降り続ける・・・どうやら、私にとってヨーロッパのクリスマスの原点が「マッチ売りの少女」の世界らしい。
実際はそうでなくても、空気感から想像しています。静かな時間です。

ここでは、信濃町や近隣産の季節の野菜、米、餅、酒(ワイン、日本酒、シードル)を買うことができます。東京では、全国各地から運んできた食材を買うわけですが、地方では地元産の新鮮な食材が安く手に入る。お金ではなく、豊かなことの1つですね。

ここで音楽家や写真家の仕事を見つけるのは難しいですが、有難いことに県内の繋がりも少しずつ生まれています。ここから東京だけでなく名古屋や京都へも車や鉄道で出やすいので、コロナが落ち着けば仕事も作りやすくなるでしょう。
日本でも将来ガソリン車をなくしていくのでしょうけど、地方では(特に町から離れた土地)一人一台車(軽自動車や軽トラなど)を所有するのが当たり前。電気自動車は、やはり気になるのが発電の方法。太陽光パネルの畑もいい景観ではないし、風力も騒音が問題。電化を主流にするために原発を動かすのは、最大の環境汚染な気がします。じゃあ、木を切って燃やす?
人間は生きていく上で、どうやったって自然を壊し汚すのですね。どうしようもない悪循環。開発、発展、作って壊す、捨てる・・・止められるものではないです。危機的なのに!しかも、何十年も前から想像できたこと。
どうせしょうがない、と諦めるのではなく、理解する努力をして、少しでもマシな選択を一人一人がして破壊の加速を遅らせる。
大事なのは自分で考え、選ぶことができる社会、結局、教育に繋がっていくのだろうなあ・・・。

先日の子どもたちのためのクリスマスコンサートで、終わった後に駆け寄ってきた子が「その楽器いくら?」と。たぶん、テレビの番組でも分かりやすく興味をひく話題として金額が出て来るのでしょうね。集まっていた子どもたちにはチェロ(弦楽器)を見たことがある、弾いたことがある人が結構いました。でも、音楽室においてあって、誰でも叩けば音が出るピアノでも、楽器の仕組みは多くのオトナも知らない。
弦楽器の中は何が入ってるの?空洞なの?
いい質問!
弦が4本張ってあって(特に私の弦は羊の腸なんだよ)、それを馬の尻尾で擦るんだ、なんて表面的な話だけでなく・・・。
昔の楽器は、近くの木や、死んだ家畜の骨や臓器など、身近にあったもので作ったはず。弦楽器の始まりは、弦一本を張って叩いた、打楽器だった。長〜い年月をかけて、世界のあちこちで広まっていって(いや、どこから始まったとも言えない、あちこちで生まれたのだろう)。
何百年も前に生きていた木、遠いどこかの山からいい木を選んで一本切り倒して、寝かして、遠くの国の腕のいい職人が丁寧に作る。それを何世代に渡って、いい演奏家が楽器に息を吹き込み、心を込めて音を引き出していく。なんて神秘的なんだろう!そんなことが世界中で受け継がれている。大事なものを信じる人たちによって。
ここには希望があります!
楽器の構造を説明したところで、どうしてこんなに美しい音色が出るのか、説明できないでしょう。今この瞬間私が弾いている、聴いている音楽が、今私が見ている彫刻が心を震わせるのは、どうやっても言葉で説明できない・・・。
説明できないもの、お金にならないものが存在するのです。(そこに価値があり、それを見える形→お金にする・・・楽器の値段や音楽家の報酬はそういうことでしょう)

コドモやオトナたちに楽器の話をして演奏をする、こんな活動もしていきたいです。
通好みの(笑)おはなしコンサートも復活したい。

コロナ禍で対面の機会がなくなって、演奏家も録画(配信)が当たり前になりました。なんでも録画(質の良くない記録)の方向でいいのだろうか、と思います。ライヴもレッスンも対面でしか伝わらないエネルギーがあります。大きいとか小さいとか、早いとか遅いとか、それ以外の空気の圧、動き、流れ・・・
だから人間が音楽をするのではないですか!
見えない大切なものに価値を見出す音楽家の演奏やレッスンは、録画では伝わらないと思います。逆に、足らない(または、不用意な)言葉による誤解を生む可能性もあります。その場に一緒にいる人にしか伝わらないのがライヴの良さです。聴いた人が、その場にいなかった人に、自分の思いや感動を言葉で伝えることが大切だと思います。

人とのコミュニケーション(会話)が時にスムーズでない、でも、分かり合える、という場合があります。お客さんが心から感動したとても親密で丁寧な音楽が、冷静に客観的に見ると、いびつな演奏かもしれない。
音楽をしている演奏者の内側に力が湧き、聴いているそれぞれの人も自分のうちに喜びを見出す・・・喜びも音楽も外から与えられるものではないと思います。
音楽は自分の中に存在するのだから!
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黒姫山は見えず・・・
posted by makkida at 20:47| プレーンガット弦と楽器 | 更新情報をチェックする

2020年04月23日

プレーンガット弦をモダン楽器に張ること

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子どもたちのための哲学、philosophy for children (p4c) が小学校の授業で実践されているんですね。
「世界ってなんだろう」「生きるとはどういうことか」「平和とはなんだろう」「働くとはどういうことか」それぞれが「なんでだろう」と不思議に思い、自分の言葉で考え、意見を言い、聞き、質問し合う。子どもたちは真剣な目で、上手く言えなくても「こう思う。なぜなら・・・だから」と一生懸命話す。子どもたちだけでなく、学生も、働いている人も、高齢者も、誰でも少人数で「ともに考える」機会があるといい。
疑問を持ち自分で考えることは、民主的な社会の基本ですね。

全国の学校では3月頭に突然、一斉に休校を告げられ、みんなショックを受けた。先生たちは対応に追われ、生活して行くのがやっとという家庭もある中で、親たちもやり繰りに奮闘。では、子どもたちはどう思っているのだろう?一番ショックだったんじゃないかな。オトナの決めることって勝手だよ。コドモ扱いしないで。言いたいこと、考えていること、感じること、たくさんあるんじゃないかな。
授業がストップしているのも心配だけれども、子どもたち同士や先生とのふだんの対話の中で感じること思うことを話していた時間が、今、ありますか?
もし政府が休校にすると決めるなら、その時点で、全国の各家庭でリモート授業が可能な状況を準備できていなくてはいけないのでは?

さて。
プレーンガット弦を使うことは、「どうしてだろう」「どうなっているんだろう」と考えるのが好きな人に向いています(笑)!

弦楽器に張っている金属(スチール)やナイロン(金属巻も)の弦からプレーンガットに張り替えて、すぐ音が鳴らないことに戸惑う。はてさて、これはどうしよう。腹を括るしかない(ガットだけに)。
まず、調整を変えないといけません。弓で大きな音をブンっと鳴らしたときに、または強く弾いたときに、プレーンガット(金属巻きも)の振動は幅広い。スチール弦を張る幅のままだと、弦がぶつかり合ってしまいます。スチールやナイロンの方がガットより張力が強いのでしょう。ナットと駒を取り替え、場合によっては指板の横幅を確保する必要があります。
最高弦の音程の高さについては難しいです。例えば弦が同じ長さとして、スチールと同じくらいの音程までガットは楽に上げることができません。最も高音弦がバチン、と切れるギリギリの所の音程が問題となります。
ヴァイオリンのように楽器が小さいと高い音、反対にコントラバスのように大きい楽器では低い音になるので分かるように、弦の長さは音程に関係があります。それだけだと低い音はものすごく長さが必要になってしまうので、太くしないといけない。低い弦になるほど太くなります。
ガットだけで作る低音弦はかなり太くなります。金属の巻線を使えば、それほど太くしなくても質量を増やすことが可能です。芯がガットで金属を巻いている弦は17世紀から弦楽器に使われています。ただし、高音弦をプレーンガット、低音弦を金属巻きにした場合の全体のバランスの調整も必要です。

楽器の調整と弦の長さと太さのバランスを試行錯誤して、同時に弓の吸い付きかた、速さや重さ角度を試し、音の鳴らし方を身につけていくのです。
おそらく、200、300年前の演奏者たちも楽器の調整と弦のバランスを悩みつつ解決策を考えていったのだろうと思います。ガット弦の品質も関係ありますね。昔は自分で作る演奏家もいたとか。

こうすればこうなる、という精度が何百年前と今現在ではだいぶ違います。ガット弦を使うには、早く結果を出すのは向いてません。
どの時代の作品を演奏するかで、当時期待されていた音質、音程の精密さが違う、ということを考えながら腰据えて付き合っていかなければ、プレーンガット弦を使うことを諦めてしまうかもしれませんね。


posted by makkida at 10:15| プレーンガット弦と楽器 | 更新情報をチェックする

2020年04月07日

気づきは突然やってくる:プレーンガット弦を張ったモダンの楽器とバロック弓の関係

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プレーンガット弦を張った私のモダンの楽器でバロック弓を使ってバッハを弾くこともある。
何が問題かって?
プレーンガットを張っているとはいえ、モダン調整のテンションは高い。バロックボウは緩めのテンションのバロック調整の楽器を弾くのに適した弓。毛の量だけの話ではなく、テンションが高い楽器全体を鳴らす、共鳴させることが困難になる。

弓が弦を噛み(圧力がかかる)、力を横に逃がす(腕を動かす)と発音になる。
弦から離れる瞬間、パッと速度が速い場合、pやkやtと発音するように、比較的圧力が少なく軽い音となる。
圧力が増えるとbやgの濁音のような発音や、重さをかけるとwの発音になる。

次に、弓元から弓先に向かって音が自然に消えて行くボーイング。
バロックボウでは、弓元が一番強いとは限らず、元から真ん中あたりの重さが乗りやすい場所で音が最も膨らみ、弓先へ向かって減衰する。弧を描く。
モダンボウでは、弓の根元の方3分の1辺りから真ん中の間でバランスが取れる構造になっている。どの部分でも強い音を持続することが可能とはいえ、弓先へ向かうとバランスが軽くなるので音は減衰するのが自然だ。
重音を弾いたときに波動がピタリと合うのは発音した瞬間ではなく、少し時間がかかる。それは音の重さのかけ方でタイミングが変わるし、テンションが低い調整と高い調整でももちろん合い方が違う。

その音楽のそれぞれの音に合った発音、響きがあって(頭に思い描くイメージ)、同時に、自分の今持っている楽器のキャパシティの自由と制約もある。いろいろな条件を考え合わせながら、イメージする音を出すための技術、身体の動かし方を試していく。この作業が練習、というもの。ああでもない、こうでもない、変化する毎日の体の調子も合わせて、試しながら弾き続ける。

無理だと思っていると無理なのである。
それでもうまく弓が吸い付くことも可能なのだ。

弓の毛の当たり・・・弦の吸い付きかたは、比較的ゆるいテンションのバロックでも大事な問題。
それぞれに合わせた体の使い方がある。身体の構え方(「構え」というと緊張感を感じるが、そうではなく、単に持ち方)が変わる。
その上で、モダン楽器を弾くときには、楽器と身体と右手(弓)がピッタリ来る瞬間の精度が高い。焦点が合っているというのか。

この「ピッタリ」感。
いつも感じている、気にしている大事なことなのだが、身体がピッタリきたときの安定感は素晴らしい感覚だ!
ずっと考えながら試しながらバロック弓を使っているが、突然、この感覚がやって来る。やっと!
リズムも、全体の音楽の構成もガラリと変わってしまうのだ。
もう、部分の技術を気にすることなく集中ができる。
これがあるから面白い。新鮮な気持ちでチェロを弾き続けられる。
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posted by makkida at 23:15| プレーンガット弦と楽器 | 更新情報をチェックする
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